ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

ミニマリストの停滞期の乗り越え方

極限まで持たない

僕がイメージするミニマリストとは「極限までものを持たないタイプの人」だ。だから現時点での僕にはミニマリストよりもシンプルライフという言葉のほうが適切だと思う。一般家庭よりも少しモノが少ない程度。僕はそう思っているのだが、人に言わせればそうではないらしい。「全然モノがないね」といわれる。確かに床置きしているモノはない。洋服を脱ぎっぱなしということもない。本やCDもほとんど持っていない。だけども僕自身はモノが多いと感じている。その基準が人によって違うだけ。僕は単にミニマリストに憧れているだけの男である。

 

ある程度のレベルまではわりと簡単にモノを捨てることができた。モノが少なくなると自然にモノへの執着がなくなり、入ってくるモノを断つことができる。好スパイラル。僕は元来、シンプルなものが好きだ。そうなった理由はわからない。脳の回路が単純なのだろうか。複雑すぎると処理しきれなくなってしまうのだろうか。そんなベースが僕にはあるので、人に比べるとモノに対する執着が少ないのかもしれない。

 

そんな僕でもある程度まではモノを減らすことは簡単なのだが、それ以上となると難しい。ほとんど使うことがなくなった電子レンジが捨てられない。テレビを断つこともできない。洋服はマキシマム期の2割くらいまで減らした。もっと減らせるはずだと思っているが、今時点でそれは難しい。いわゆる停滞期だ。

 

この停滞期はどうすれば乗り切れるだろうか?時間が経てば考えがかわるだろうか?

 

追記1 テレビの断捨離

2015年5月末、テレビ契約を休止して以降、自宅ではテレビを見てない。この記事を書いてから一ヶ月も経っていない頃のことだった。

 

追記2 電子レンジの断捨離

電子レンジは2015年10月に処分した。この記事を書いてから五ヵ月後のことだった。


追記3 服の断捨離

2016年12月時点では着るものに困るくらいまでに服の数は減った。もう少し増やしてもいいと思っているが、いずれ手放すことを考えると簡単には買えなくなっている。


追記4 停滞期の乗り越え方

どうしたらモノを減らすことができるか?を常に考えるべき。考えているとそのうち答えが見えてくる。自分に大切なモノが見えてくる。あせる必要はない。僕はテレビも電子レンジも半年以内に手放すことができたのだから。