ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

上司と部下の関係

会社の上司

 

システム導入の打ち合わせのために担当者レベルでの会議を開くことになった。主催は僕。担当者の本音を聞きたかったので、そういうメンバーを人選した。部長やリーダークラスの人間がその場にいるとどうしても発言に気を使ってしまう。当たり障りのないボンヤリとした発言しかできなくなってしまう。

 

とはいいつつ、自分の上司にはその旨を伝えておかねばならない。会議を開催することとその目的。

 

「じゃ、俺も参加する」

 

ん?担当者レベルの会議だって伝えたはずだけど?担当者の本音を聞くのが目的なんだけど?あなたが参加したら、かしこまった会議になってしまうでしょう?ハッキリと断っておいた。「あなたは偉い人なんだから参加しちゃダメ」

 

僕と上司との関係はとてもフラット。わりと平気でこんなことも言える。まあ、上司がどういう気持ちで僕の発言を聞いているのかはわからないけれど。

 

「そうだなぁ。本音を聞き出す会議に俺が参加したら、みんな気使うかもなぁ」

 

理解はしてくれたが、どこかさみしそう。「俺自身は、気なんてつかって欲しくないんだけどなぁ」と。そうもいかないんだ。部長という肩書きができれば迂闊なことはいえないんだ。町の子供たちと一緒に遊びたいだけの王子様。なのにお城の外に出してもらえない。そんな心境だろうか。王子様って感じでは全くないけれど。

 

上司自身は、なにも変わっていないつもりでも、まわりの対応は変わる。見る目が違ってくる。それは仕方がないことだ。他部署の部長と入社して数年目のスタッフが同じ土俵で会話ができるわけない。

 

偉くなると、組織を動かす力も持てるようになる。そのかわり失うものもある。偉くなったからこそ、できないことがある。自分ではできなくなったことを実行するのが自身の部下だと思う。「責任は俺がとるから好きにやってみろ」そういってくれる上司はとても魅力的だ。だが、今の時代にそんな上司は絶滅寸前。

 

「誰が責任とるんだ」

 

こう言い張る人間は多い。これは上司に限らず。わずかなリスクをおそれる。そのために失うものがどれだけあるのかなんて考えもしない。年功序列のエスカレーターに登って気がついたら偉くなっていた。だから中身が全然伴っていない。偉くなったことにふと気がつき「俺は偉いんだ」と勘違いする。そうして徐々に組織は腐っていく。仕事できないんならせめて責任くらいとってよ。