ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

明日を生きていくにも大変なほどに自由な毎日

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今日も朝から犬の親子は元気でしたよ。ども、A'sです。犬の親子の件に関しては、過去記事を参照して下さい。いつの間にやら、うちに住み着くようになった親子なんです。

 

 

親子の一日のはじまり

お母さんは子どもたちがまだ寝てる間に働きに行くんですね。子どもたちを起こさないようにそっと。でもそのうち、子どもたちは目を覚まして、お母さんがいないことに気づくわけです。とりあえず申し訳程度にキャンキャン鳴くわけですが、鳴いても仕方がないってことに気づくんでしょうね。すぐにおとなしく寝床に戻るんです。

 

 

親子に思うこと

今朝、仕事に向かう途中に犬を散歩しているご婦人を見掛けたんです。ご婦人は白のワンピースにサングラスかけて、日傘差してました。日差しもないのに。連れていた2匹の犬は、ポメラニアンでしょうね。真っ白で毛がフサフサしていて、きれいにカットされていました。

 

その光景を見た瞬間ね、うちに住み着いている親子を思い出したんです。なんかね、涙出てきちゃいましてね。なんにも考えてないのに勝手に泣けてくるんです。単なる同情かもしれないです。でも、その涙は多分、あの親子って懸命に生きてるんだなって姿に対してだと思うんです。

 

懸命な毎日

ホントね、懸命なんですよ、毎日。それでね、幸せそうなんですよ。今朝、お母さんが子どもたちにおっぱいをあげてました。顔がね、とてもやさしいんです。お母さんの顔なんです。

 

で、満足した子どもたちは、それぞれ勝手に遊び始めるんです。ひとりで駆けずり回ってる子もいれば、兄弟同士でじゃれ合ってる子もいる。鎖に繋がれてるわけでもないし、家の中に閉じ込められてるわけでもない。なにやってもいいんです。自由なんです。明日を生きていくにも大変なほどに自由なんです。

 

あ、どうも

生まれたときから自由である彼らには、今日、明日の食事にありつけないかもしれない不安定さが常にあるわけです。お母さんは、遠くまで餌を求めて、歩きまわってます。

 

ある日、「お母さんってば、こんな遠くまで来てるんだ。」って場所で出会ったことがあります。お母さんもわたしの存在に気付いたみたいで、「あ、どーも、A'sさん、こんなところでお会いしましたね。」みたいな顔でじっとこちらを見てましたね。思いもしないところで知り合いに出会ってしまいました。

 

そんなお母さんは、あちこち行って煙たがられてるかもしれません。「シッシ、あっち行け。」「こっち来るんじゃない、野良犬のくせに。」ってね。そんなことにもめげずに、お母さんは今日を生きるために懸命に餌を探すわけです。で、またうちに帰ってきて、子どもたちにおっぱいをあげるわけです。

 

生きるって大変なのかもしれない

キレイな2匹のポメラニアンを見てね、色んなことを感じました。生きることってホントはもっと大変なことなんだなって。親子たちはただただ毎日を必死に生きてるだけなんでしょうけどね。その単純なひたむきさに感銘を覚えるわけです。

 

だからといってね、餌を与えたりはしてないですよ。それはそれで無責任ですからね。とか言いながら、魚の骨とか残飯になるものは、そっと庭に捨ててます。それもいけないことかもしれませんが・・・。実に中途半端な対応ですね。我ながら思います。

 

感動を下さい

ホントはね、もっと餌を与えたらお母さんは楽に暮らせるんでしょうけど、楽に暮らせることを覚えたら、私が感動できないじゃないですか。そうです、わたしはこの犬の親子を見て、ああ、生きるって素晴らしい!って感動したいだけなんですよ。そんなもんですよ、人生って。いい話のまま終わらせればよかったです。反省しています。

 

ではー。