ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

贈り物は受け取る側の気持ちを考えて

贈り物

人にモノあげるのが好きな人っているよね。僕の親父もそういうタイプだった。僕もそんな血を引き継いでいる部分がある。だけども人にモノを送るというのは注意が必要だ。センスが問われるから。いくらセンスがよくても趣味に合わないと迷惑になるから。だから僕はできるだけ形に残るモノは贈らないようにしている。

 

以前に同じ職場の同僚でやはりモノをあげるのが好きな人がいた。その人に僕はえらく気に入られていて、頻繁にモノを戴いていた。お菓子がメインではあったけど、形として残るものも沢山頂いた。だけども僕の趣味は合わなかったし、そもそも僕の生活には必要ないモノばかりだったから、そのほとんど全てを手放した。親指と人差し指で挟んでこするとリラックスできるという石。趣味の合わないシャーペンはその人も使っているという。それを職場で使えばお揃いになるのか。ふたりの関係性を疑われたらどうするんだ。やだ、そんなの。自宅で大切に使っていることにしよう。贈り物を使っていないことがばれると期限が悪くなる人もいるが、その人はそういうタイプではなかったのが救い。というよりも自分がなにをプレゼントしてか覚えていなかったようだ。

 

時には一度に抱えきれないくらいの大量のお菓子やドリンクやケーキなどを頂いたこともある。この人、買い物依存症なんじゃなかろうかと疑うほどの量。買い物は買った瞬間が喜びのピークだから、その人にとっては買うことが満足だったのではないだろうか。そして、それを人にあげて、その人に喜んでもらうということで幸せを得ているんじゃないだろうか。モノには執着せず、シアワセに執着する。悪いことではない。

 

いつも頂いてばかりでは申し訳ないので、たまにはお返しをせねばと思った。さてなにがいいだろうか。モノで喜ぶような人ではないだろう。形に残らないものがいいだろう。そうだ、誕生日も近いことだし花を贈ろう。なんてキザな僕なんだ。花束はさすがにキザ過ぎるからボックスフラワーにしよう。花ならそのうち枯れるから残らないし。

 

そして三日後。

 

「あの花、ドライフラワーにしてもらっちゃった」

 

なんと、まさかのドライフラワー!それでは永遠に残ってしまうではないか。枯れれば捨ててくれればいいのに。生きとし生けるものいずれ形は滅ぶもの。まあ、それを残すも残さないも本人の自由だ。そこまで気に入ってくれたということだろう。よしとしよう。