ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

ミニマリストって意識高い系?

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「飲み」ではなく「呑み」という漢字を使うことも意識高い系なんだそう。特に意識しないで使っちゃってるんですよね。「呑み」を使うようになったのは、もう何十年も前からです。昔ね、仲良かった友達がこれを使ってたんですよね。なので、そういうもんなんだろうなって特に意識しないで使ってました。そういう意味では、逆に意識低いです。

 

ところで、ミニマリスト系のブログってイラッとすることないですか?「あたしってオシャレでシンプル生活で、とっても人生豊かなんですよ。」って感じの女子ブログなんて大の苦手です。男子ブログなら「サラリーマンなんてやってないで自分の好きなことして生きようぜ!」的なブログね。イラッとします。

 

ミニマリストが世間一般に受け入れられないのって、そんなイラッと感を感じるからじゃないですかね。わたしもそっち側の人間??自分だけ違うとかいうつもりないですよ。意識高いつもりもないですけど。逆に今までが意識低く過ぎましたね。んで「こんな惰性で生きていては両親に申し訳ない。」なんていう反省をしましてですね、なんとか意識高く生きようと思っています。

 

意識高めを目指すには

モノ少なくすると時間的余裕が生まれます。よって考える時間を増やせます。本を読む時間も増やせます。そしたら知識も増えて、ますます考えるようになります。我ながら素晴らしいロジック!

 

悟りと勘違い

突然ですけど、悟りを開いたら楽に生きれるんじゃないかと思うわけですよ。悟り開くまでが大変でしょうけど。そもそも悟りってあんですかね?開いたことないからピンときません。また、相反して「勘違いして生きること」も楽だと思うんですよね。本人は勘違いだなんて思ってないわけですからね。なに言われたって平気なわけです。鈍感力とも通じるものがあるのかもしれません。ってことは「悟り」と「勘違い」は紙一重?

 

 

悟り(さとり)は知らなかったことを知ること、気がつくこと、感づくことを言い、覚りとも書く。宗教上の悟りは迷妄を去った真理やその取得をいう。

出典:悟り - Wikipedia

 

悟りは「気づくこと」勘違いは「気がつかないこと」ということは、やはり紙一重?両者とも同じライン上にあって、その両端に位置している関係?いや、意外と両者は隣り合った関係なのかもしれませんね。いずれにしても、悟りなんか開いちゃったら、意識高いとか、そんなことさえもどーでもよくなるはず。開いてみたいもんですね。