ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

そっと後押ししてくれるのを待っているだけなんだ

宝くじ

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7億円の文字に心ときめいてしまい、まだまだ修行が足りぬと感じた。ま、もともと修行なんてしてないんだけれど。

 

7億もあったら、どーするよ?

7億円あったら、とりあえず今の会社辞めてブログ書くことに専念したい。会社辞をめれば、定住する必要もない。ブログ書くことをメインに生活してたら、場所にこだわる必要もない。どこかに所属するという生活から脱却したい。せっかく7億円あるのだから、自由になりたい。まあ、まだ7億円なんて持っていないんだけれど。宝くじあたったら会社やめてやるーっていう発想が凡人だと思う。ダメ人間の発想だと思う。僕はダメなのだ人間だなぁ。前から気がついているけど。

 

答えは決まっているのだ

ま、それはおいといて、今でも会社辞めようと思えば、辞めれるはずだ。辞表出せばいいだけの話である。実に簡単なことだ。今の僕に足りないのは一歩踏み出す勇気。だけども、その一歩が正解なのかどうかなんて誰にもわからない。

 

自分が正解だと思えば、それが正解なのだろうか?ということは、今の僕は僕を信用していないということだろうか。自分を信用できるなにかなんてなにひとつもってないから、信用できるはずはない。それは誰よりも自分がいちばん知っている。

 

一歩踏み出すことが勇気かどうかもわからない。踏み出さないことも、また勇気なのかもしれない。悩むことは無駄なことらしい。単なる結論の先延ばしということらしい。この先、自分はどうするのか?なんて薄々わかっているから考えているふりをしているだけなのだ。

 

「彼氏と別れようとおもうんだけどさー。どうしたらいいと思う?」なんて相談してくる彼女の答えは、もうすでに決まっている。だれかが、そっと後押ししてくれるのを待っているだけ。その人が後押ししてくれなければ、また別の後押ししてくれそうな誰かに相談するだけなのだ。「やっぱりそうだよねー。あたし、間違ってなかったよねー。」結論は最初から決まっている。

 

最後に買った宝くじの話

えーっと、宝くじの話だった。僕は過去に2、3回ほど宝くじを買ったことがある。最後に買ったのは、母が病気で寝込んでいるときだった。


「あんたが宝くじ買うなんて珍しいね。あたるんじゃない?」

 

病気の母を少しでも元気づけるために買った宝くじだった。残りの人生が少なくなったことがわかっていても、こういうのって楽しいことなのだろう。もし当たっても自分で使うことなんてできないのに。その宝くじは当たることはなかったのだが、母を元気づけることができたという役目は十分に果たせたので、それでよかった。