ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

ミニマリズムとは

 

夏休みの宿題

ある新聞からの引用。

 

思い出の品々を処分できない

「ミニマリスト」と呼ばれている人たちの部屋は見事になにもない。すごいの一言だ。子供の頃の作品とか思い出の品など、本当にひとつも残っていないのだろうか?

 

思い出の品々はどうしたって処分できない。自分が生きてきた証し、過去が消えてなくなってしまいそうで怖い。

 

思い出の品々から情熱やエネルギーをもらいながら生きている自分がいるし、これが今の私にとっての財産だから。

 

新聞の読者投稿欄からの記事。まず、冒頭にシンプル生活への憧れはあることが書かれてある。でも、このような思いもあるのでモノを捨てられないといいます。

 

夏休みの自由研究、読書感想文、家庭科の授業でつくったエコバッグ。それら全てを保存しているのだろうか。僕はもちろんなにひとつ残していない。というよりも母が処分してしまったのだろうと思う。大人になってそれらを見かけた記憶がない。通知表だけはとってあったが、そこにいい思い出はないので捨てた。

 

新聞記事の話に戻るが、思い出の品がエネルギーになるということは、それが「いい思い出」だったのだろうと思う。もしくはその逆で現状が悪いのか。「あの頃はよかったなぁ」という過去への執着。捨てられない過去なのか、捨てたくない過去なのか。いずれにしたってモノを捨てたところで思い出が消えるわけではない。執着する気持ちがなくならないとモノは捨てられないよね。

 

思い出だろうが、それはいつかは捨てなきゃいけない。それを他人に委ねるなんて迷惑なことをしてはいけない。過去は増えていき未来は減っていく。増える過去にこだわり過ぎると未来が見えなくなる。

 

消費しない日本人 ~ 買いたい欲望 絶対にある

人と同じものを大量に買うから、捨てたい。でも、捨ててから後悔をしたくないので、どれを残してどれを捨てるかの基準がほしい。

(中略)

ものを買いたい、所有したいという感覚は今も絶対にあります。欲望がたくさんあるからこそ、煩悩の少ない人に憧れる。

(中略)

ものを持ちすぎてデトックスを求める人にも、ものを買えない人にも便利な考え方だから、「ものが少ないほうがいい」は当分続くと思います。

 

買いたい欲望がある人はどんどん買えばいい。無限にモノを増やすことはできないから、いずれ捨てる。買っては捨て、買っては捨てを繰り返す。捨てるという作業はパワーがいる。そのパワーがある間は同じことを何度も繰り返せばよい。パワーも無限ではないので、そのうち疲れる。モノを捨てることの大変さに気がつくときがくる。

 

「あたし、なにやってるんだろう?」

 

そうやって自分で気がつくことが大事だと思う。他人からの受け売りでは必ずリバウンドする。

 

気がつかない場合はどうすればいいか?それはそれでいいんだと思う。気が付かないことの幸せ。皆がシンプル生活とかおくる必要はない。ミニマリズムは単なる考え方のひとつだから、マキシマムに生きる選択肢だってあるはずだ。それが幸せならそれでいい。