ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

証拠写真とっておきましたから

監視社会

「大丈夫ですよ。ちゃんと証拠写真とっておきましたから。」

 

今朝の会社のロッカー内での会話である。なんの証拠をとったかなどということはもちろん知らない。証拠写真というのは、「自分を守るため、自分はわるくないんだとう証明をするため」に撮ることが多いのだと思う。事件事故があった場合はもちろん、こういった証拠写真は重要になってくるはずなだ。だけども、社員同士でこういうことをすると職場の雰囲気がギスギスしたりはしないだろうか。

 

 

 言ったとか言わないとか

たいていの場合、「言った、言わない」の話になると、どちらも証拠があるわけではないので、結論がでることは稀である。個人的には結論が出ない話を延々とするのは時間のムダだと思っている。とくに会議中にコレをやられてしまうと、もうウンザリしてしまう。僕の場合は構わず退室する。だけども、黙って会議を抜けるのって、そうそうできるものではないのだと思う。

 

証拠あんの?

自分の認識とは違う話になると、「証拠は?」という人がいる。これが実にウザい。「やるという話も聞いてないが、やらないという話も聞いてない。」という会話になったこともある。そうなるとラチがあかないし、ひたすら面倒なだけだ。「結局、あなたがなにも知らなかっただけの話じゃないんですか?アンテナ広げて情報をキャッチする努力をしましょうよ?」などと思うのだが、口に出しては言えない。これ以上、会議が長引くのは困るから。

 

自己防衛のための証拠写真

こういう対立を防ぐために上記の彼は証拠写真を撮ったのだろうと思う。それで無用な争いを避けられるのであれば、間違ってはいないのかもしれない。証拠写真を撮って、だからお前が悪いんだ!って言えば、相手はぐうの音も出ないわけだが、「そうは言ってもね、アンタさぁ。」という気持ちもある。特に社内での争いとなると、会社の利益など全く無視して、個人の思いで、その善し悪しを決めるのはどうかと思う。

 

少しの妥協で済む話

お互いに少し妥協して相手に譲歩してあげて、それで解決できる問題ならそうすればいいのにと思う。しかし、「オレは悪くないから知らねー。」という人の多いこと。そんなことに時間費やして、本来やるべき仕事ができなくなるなんて本末転倒だ。個人レベルの損益じゃなくて、会社全体としての損益を重視すべきではないか。個別最適ではなく、全体最適。

 

ほんの少し、相手に歩み寄ってあげるだけでいいのだと思う。自分だけが損をしなければ、それでよいという自己中心的な考えから少し脱してみると、そんなトラブルに巻き込まれる確率も減るのかもしれない。そのほうが自分にとってもラクなはずなんだけどなぁ。