ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

モノが多いのが実家である。母さん、捨てるのって大変なんだよ?

パンプス

昔、母が通販で色違いの靴をたくさん買ったことを思い出した。父はそれを見てこう言いった。

 

「バカなのか、お前は?」

 

物置部屋に並べられていたパンプス

その件に関し、僕は特になにも思わなかった。バカ呼ばわりされても母はうれしそうだったから、それでいいやと思った。物置部屋に箱に入ったままの靴が並べられていたのをよく覚えている。5~6足くらいあっただろうか。ほとんどの靴は履かれることがなかったと思う。

 

並んでいたのはパンプスだった。母は普段、パンプスなんて履かない人なのに。通販雑誌かなにか見て、安い割りにはデザインがステキだと思い衝動買いしたのだろうか。金遣いの荒い人ではなかったから、その安さに惹かれたのではないかと思う。

 

パンプスの行方

「その靴どうしたのかなぁ。」と思い出そうとしても僕には全く記憶にない。母が亡くなったときに母の友達に服とかカバンは貰って頂いたのだが、その中には靴は入ってなかったと思う。僕が捨ててしまったのだろうか。その可能性がいちばん高い。

 

ストックがないと不安だという母

母は消耗品もストックがないと不安になるタイプだった。典型的なモノを貯め込むタイプの人間だった。トイレットペーパー、キッチンペーパー、ティッシュ、ゴミ袋、保存の効く調味料。ストックはたくさんあった。それらを引き付いだときは数年は買わずにすんだ。

 

モノが多いのが実家である

モノが多い実家ではあったが、それが当たり前だったから、特別にモノが多いという実感はなかった。それが実家なんだという感覚だった。でも、それらを整理をすることになったときは大変だった。捨てても捨ててもモノがある。使っても使ってもなくならない消耗品。母さん、少しばかりモノが多すぎたようだね。

 

メンドウだからモノが少なくなっただけである

そんなことの反動で僕はミニマリストに憧れるようになったのではないかと思う。もともとその要素を持っていたのも事実で、ひとり暮らしをしていたときなど、友達は僕の部屋を見て「潔癖症?」といったくらいだから。

 

確かにモノは少なかったのだが、潔癖症というわけではない。単純に引っ越しをするときに楽だし、掃除をするのにも楽だからというだけだ。ミニマリストってそういう意味ではめんどくさがり屋なのかもしれない。いかに楽をするか。いかに効率よく過ごすかを突き詰めていった結果、モノが少なくなった。ただそれだけのことだと思う。

 

捨てることの大変さを知っているかい?

よくいわれることだが、モノを捨てることの大変さを知ったら、そう簡単にはモノは買えなくなる。特に大きいモノ。ゴミ袋に入らなければ粗大ゴミになる。モノによってはリサイクル料金もかかるし、回収するのにも手間がかかる。買うのは簡単で心がはずむが、反面、捨てるのは精神的にもツラいものだ。

 

捨てる大変さを知らなかった母

実家は無駄に広いから、いくらでもモノが置けた。母は嫁いでからは引っ越しの経験がないから、その大変さも知らない。モノが増えるのは環境的にも仕方がなかったのだと思う。買うのは楽しいことだし。捨てる苦しさも知らなかったのだし。母が通販で買った靴のことをふと思い出したので、こんな記事にしてみた。

 

 おばあちゃんちも片付け