ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

「西の魔女が死んだ」の感想 大切なのは意思の力、やりとげる力

西の魔女が死んだ (新潮文庫)

丁寧な暮らし、スローライフに興味があるかたにオススメしたい一冊です。

 

おだやかで豊かな暮らしをする魔女

学校でいじめられていた少女「まい」はしばらく学校を休んでおばあちゃんの家で暮らします。おばあちゃんの家は自然豊かな山の中。裏の畑に行って、レタスとキンレンカを採ってきてサンドイッチを作る。野いちごを採ってきてジャムを作る。おばあちゃんはそんな生活をしています。そこでまいはおばあちゃんから魔女になるための教えを請います。魔女というのはおだやかで豊かな暮らしをしているんですね。

 

悪魔に打ち勝つために

「そうね。まず、早寝早起き。食事をしっかりとり、よく運動し、規則正しい生活をする」

 

おばあちゃんは悪魔に打ち勝つためには精神を鍛える必要があるといいいます。そして精神を鍛えるためにはこのようなことが必要だといいいます。

 

大切なのは意思の力、やりとげる力

「でも、そんなことで本当に悪魔が防げるの?」とまいはおばあちゃんに問い質します。

 

「悪魔を防ぐためにも、魔女になるためにも、いちばん大切なのは意志の力。自分で決める力、自分で決めたことをやりとげる力です。」

 

意思の力を育てることを黙々と実践すれば、ある日突然、以前の自分とは違う自分を発見できるといいます。人はなにかに依存して生きているほうが楽ですから、意思の力をつけることは難しいことだと感じます。

 

キライな人

まいはゲンジというおばあちゃんの家の近所に棲む男がとても嫌いです。下品で粗野で卑しい男が、なぜわたしの生活にかかわってくるのだろうとさえ思います。まいはゲンジのことを第一印象でキライになって以来、どうしても好きになることができません。

 

こういう人は現実にもいますね。できるだけ関わりたくなにのになぜか関わることになってしまう。必要以上に意識しているからです。イヤだなと思いながら、その人に注目し、その人のことを考えている状態。実際には関わることはなくても、常に心の片隅にその人は存在していて、勝手にイヤな思いをしているだけなのかもしれないですね。

 

死ぬってどういうことですか?

まいは死にとても恐怖を感じています。考えれば考えるほど、暗い闇に引きずり込まれそうなあの感覚。まいはおばあちゃんに訊ねます。

 

「人は死んだらどうなるの?」

 

おばあちゃんは死んだことがないからわからないと答えます。その代わり、おじいちゃんの死は体験したし、この歳になれば死後のことを射程に入れて生きるようになるのでこわくはないといいます。

 

わたしもなにもしらない子どもの頃は死がこわくて仕方がありませんでした。それがおばあちゃんと同じく様々な死を経験して死が身近になっていくと、子どものころのような得体の知れない恐怖というのは薄まりました。

 

 

 

自分で決める

ある日、おばあちゃんの家に単身赴任中のパパが遊びにきます。パパとは久しぶりの再会ですが、それはおばあちゃんの家での生活との別れを決断する出来事でもありました。ママは仕事を辞める。まいも転校して違う街で三人でまた暮らそうと。

 

まいは転校することに躊躇いを感じます。「いじめられていた環境から抜け出すことは出来ても、それは根本的な解決にはならないではないか」と。考えた末にまいはパパとママと三人で暮らすことになります。まいは自分で考え、前向きな選択肢を自ら選んだのです。これが意思の力です。

 

西の魔女であるおばあちゃんは亡くなりますが、まいは東の魔女として立派に成長していくのでしょう。