ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

黙ってきいて、アドバイスなんてしない

 

アドバイス

僕は機関銃のように一方的にしゃべりまくる人が苦手だ。「この件に関してアズさんのご意見を伺いたいんですけど」と切り出しておきながら、こちらが口を開く隙を与えない。「意見を聞きたい」というのはその人の決まり文句みたいなもので意味がない。こちらの意見を聞く気なんて端からないのだ。こんなとき僕はどうするか。黙って聞くことにしている。どこまでしゃべり続ける気か。見届けてやろうじゃないか。

 

こういうタイプの人というのは、さんざんしゃべっておいて、ひとりで結論めいたものを出して話を終える。僕はYESともNOとも言っていないのに。僕の存在が見えないのだろうか。だったらトイレの個室でひとりで打ち合わせしろよ。

 

しゃべりたいだけの時は、たいていの場合、相手の考えはまとまっていない。だからこちらから意見しても話が堂々巡りとなる。「でもですね」「しかしですね」と必ず反論する。「でも」「しかし」ほどイラッとくる言葉はない。僕の意見を否定するとは何事だ。わざわざイラッとする状況を作り出すこともないので僕は聞き手に徹するのだ。

 

一方的な会話で結論が出ることなどないから、後日また同じ話をすることになる。「えー、でも、あの時お話しましたよね?」と言われることもある。「確かに聞きましたよ。でも、なにも方向性は決まってないですよね。で、どうするんですか?」あれは打ち合わせではなくて、あなたの独り言だったじゃないですか。僕の意見なんて聞こうともしなかったじゃないですか。

 

結局、自分でなにも決められないのだ。アイデアは持っていても決断力がない。決断、実行してなんぼだ。考えているだけではなにもならない。

 

注意しないといけないのは責任転嫁されるということ。僕がYesと返事をしたという言い訳をさせないことだ。「最終的な判断はあなたが行ってください」という意思表示を明確にしておく。相談の乗ってあげたばかりに責任だけ負わされるなんてたまったものじゃない。そういう人はどうせ成功すれば自分の手柄とするのだから。

 

人の話は最後まできちんと聞かないとわからないことが多い。話の途中で口はさむ人はよくいる。今から説明するから黙っとれ。結論だけを盗むんじゃない。聞き上手にならなければ情報は集まらない。人は話を聞いて欲しいものなのだ。むしろ聞いてあげればそれで気が済む場合も多い。アドバイスなど求めていない場合も多い。余計なアドバイスをしたがために逆に憤慨させることもある。「そんなこと言われなくてもわかってるわよ」単なる愚痴の場合は黙って聞いてあげるべきなのだ。