ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

「八日目の蝉」の感想 逃げのびたその先に

八日目の蝉 (中公文庫)

八日目の蝉」を読みました。著者は角田光代さん。発行は2007年。数年前に映画を見たことがあります。いい映画だなと思いました。永作博美が役にぴったりだなと思いながら見ました。でも、原作は読んだことなかったんです。

 

逃げて、逃げて、逃げのびた先に

逃げて、逃げて、逃げのびたら、私はあなたの母になれるだろうか…。東京から名古屋へ、女たちにかくまわれながら、小豆島へ。偽りの母子の先が見えない逃亡生活、そしてその後のふたりに光はきざすのか。心ゆさぶるラストまで息もつがせぬ傑作長編。


誘拐のその後

不倫相手の子どもを誘拐し逃亡生活を送るのが1章のストーリーです。この第1章が映画化されたようで、第2章は誘拐された子どもがその後どのように生きたかを描いています。第2章の話を書きたいがために第1章を書いたんじゃないかと思いました。

 

誘拐された子どもはその後、普通の生活を送ることはできませんでした。それは被害者の家族も同様。被害者は当然、責められるべきではないです。でも、読んでいて単純にそうも思えなかったんですよね。被害者にも問題があるっていう考えは、いじめられるほうにも問題があるっていうそれと同じ考えなので、そう思ってはいけないのですが…。

 

同じ道を歩む

蛙の子は蛙で、この誘拐された子どもも両親や加害者と同じような道を歩みます。なぜでしょうね。わたしも絶対に父親のようにはならないと思いながらも、ふと自分のしぐさに父親を感じるんですよね。DNAというより育った環境や刷り込みじゃないかと思っています。誤解される言い方をあえてすれば、親による洗脳です。

 

身軽にならざるを得ない状況

加害者は小さなカバンひとつで逃亡生活を送ります。最初の逃亡時には家電や荷物のほとんどを処分します。逃亡先でも増えた荷物は全て処分してから次の逃亡先へと移ります。宗教団体の施設に入るときには、持っている預貯金の全てを投げ出します。

 

手に入れたいもの

なにかを手に入れたいという気持ちの向こうには必ず自分がシアワセになりたいという気持ちがあります。預貯金の全てを投げ出してまで手に入れたいモノは子どもと一緒にいるというシアワセな時間が欲しかったからだと思います。

 

連鎖

物語を読んでいて思ったのは負の連鎖は止まらないってこと。誰もシアワセにしないってことです。誘拐された子どもは大学生になり妻子ある人の子どもを身ごもります。そして、シングルマザーになる道を選びます。生まれてくる子どもはシアワセになれるのでしょうか?負の連鎖は止まるんのでしょうか?そもそも負ではないのでしょうか?