ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

図書の貸出カードに思いを馳せる

図書カード

なつかしい。図書の貸し出しカードだ。地元の図書館で借りた一冊に見つけた。平成時代に育った人は、貸し出しカードの存在なんて知らないかもしれない。いや、学校では今でもこの方式で貸し出しを行っているのだろうか?

 

僕の前に誰が借りていたのか。興味がなくても目にとまる。友達の下に僕の名前が並ぶ。友達が借りたすぐあとに借りるのはなぜだか気恥ずかしかった。次は誰の名前が並ぶのだろう?

 

貸し出しカードに好きな子の名前をみつけて、、、なんていう淡い青春の思い出は残念ながらない。好きな子の名前を見つけたら、きっと僕は恥ずかしくてその本を借りることができなかったと思う。その子が好きっていう気持ちがばれてしまいそうで。

 

そもそも本好きの少年だったわけではない。学生時代はそれほど本を読むほうではなかった。むしろ読まなかった。夏休みの読書感想文のために仕方がなく読んでいるような子どもだった。

 

そんな僕でも好きだった本がある。「えんぴつたろうのぼうけん」だ。ストーリーはうろ覚えなので省略する。はじめは学級文庫で読んだ。なんとなく好きだったので、親に買ってもらって家でも読んでいた。その後、その本をどうしたのかは覚えてない。

 

別人「群ようこ」のできるまで

昭和60年12月20日 第一刷

 

バブル景気を向かえる直前のこの一冊に貸し出しカードを見つけた。ずいぶんと色あせている。30年前の本だから仕方がない。どれくらい貸し出されたのかはわからない。残念ながら、その貸し出しカードには誰の名前も記載されていない。そこに好きな子の名前が記載されているなんてこともあるはずがない。

 

同著者の「いいわけ劇場」もまたずいぶんと色あせていた。しかも水に濡らした形跡があり、ページ全体がごわごわとうねっていた。「ずいぶんとヒドイ状態の本を貸し出すんだな。」と思いつつ、読ませていただけることに感謝した。ページのうねりなど気にならないくらいに面白かった。

 

そのうねり本を返しに図書館に行ったときのことだ。

 

「あのー、これって、最初からこうでした?」

 

図書館の職員が不審そうな顔で僕に訊ねる。へ?僕は疑われているの?想像もしていなかった事態に困惑する。

 

「えぇ、そうですけど?」

 

「はぁ、そうですか。」

 

どう見たって古い本だし、最近できたうねり方ではない。本のページの一部にはセロハンテープで貼ったような跡もある。そのセロハンテープでさえ、すでに色あせ風化が進んでいる。

 

「わかりました。すみません。」

 

隣にいた男性職員が責任者だろうか。男性職員はそう僕に伝えたが、疑惑が拭えているのかどうかはわからない。刑事さん、これは明らかに冤罪事件ですよ。そんなことにもめげず、今日も僕は図書館に本を借りに行く。