ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

宝くじが当たったらどうしようという誰もが想像すること

宝くじ

今年は年末ジャンボ宝くじを買おうかと思っている。バラで10枚、3000円だ。宝くじはほとんど買ったことがない。前回買ったのは、母が亡くなる直前の年末だったから、、、いつのことだろう?その宝くじは母のために購入した。すでにベッドの上で過ごすことが多くなった母に少しでも楽しみをと思った。当たるとか外れるとかそんなことはどうでもよかった。

 

「あんたが宝くじ買うなんて珍しいね。当たるかもしれないね。」

 

母はとてもうれしそうな顔をしてくれた。当たったとしても自分では使えないことはわかってたはずなのに。結果を母に伝えたかどうかは覚えていないし、それどころではなかった。

 

かもめ食堂の主人公は宝くじが当選し、その資金でフィンランドに移り食堂を開いた。こんな都合のいい話はないよなと思いながら「ま、小説だしな。」と思って読んだ。

 

かもめ食堂は映画の方が好きだ。小林聡美と片桐はいりともたいまさこのあのほぁんとした感じがいい。小説は僕には退屈過ぎた。僕はフィンランドで食堂を開くことを夢見ているわけではない。だが、いいなと思った。宝くじが当たったら人生変わるんだなと誰もが想像することを想像した。

 

だから、僕は「たまには宝くじでも買ってみよう。」と思ったのだ。人生がいいほうに変わるのか、悪いほうに変わるのかは当たってみないとわからない。だから、神様、どうか僕を当選させてくれ。

 

さて、宝くじはどうやったら当たるだろうか?どこで買えば当たるだろうか?いつ買えば当たるだろうか?星座占いで一位になった日の午前中に、ゲンを担いで右足から靴を履いて、西の方向にある職場近くの宝くじ売り場で買えば当たるだろうか?玄関には金の置物を置き、買った宝くじは神棚にあげて、毎日両手を合わせて拝み倒せば当たるだろうか?残念なことにうちには神棚がない。

 

去年の年末だったか、とある街で大行列を見た。なんの行列だろう?「只今、二時間半待ちでーす!」という声にも関わらず人々はその行列の最後尾に次々に並ぶ。年末ジャンボ宝くじを買い求める人々の行列である。午前中に見掛けたその行列は、その日の夕方になっても途切れることはなかった。これだけ多くの人がこの売り場で買えば、当選数がアップするのは当然だろう。あの中でどれだけの人の人生が変わったのだろうか?

 

僕にとっては数年に一度のギャンブルである。宝くじを買いたいという気持ちになることなんて滅多にないことなので、今年くらいは買ってもいいだろう。当たるといいと思う。けど、外れて当然だと思う。無欲のままに宝くじを買えば当たりそうな気がするが、宝くじを買う時点で欲にまみれているので当たりそうもない。