ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

「何者」の感想 浅井リョウの本

何者

浅井リョウの「何者」という小説を読んだ。これで直木賞を受賞したらしい。読み始めは青臭い小説だと思っていたが、これがなかなか面白かった。後半にかけて一気に読んだ。

 

SNS時代を生きる学生は大変だね。ツイッターとかフェイスブックとか、どこでも繋がれるし、そこに身近な情報があればついつい読んでしまう。だけども、そこから本意を読み取れるとは限らない。自分の都合のいいように誤解してしまうから厄介だ。

 

メールするのってホントに気を使う。仕事のメールであれば、そのメールの書き方ひとつで自分の仕事がやりにくくなったりもする。メールで印象がよくなることなどはなく、印象が悪くなることのほうが圧倒的に多い。相手の真意がわからずにイライラする。ついつい余計な一言を書いてしまい相手をイライラさせる。気が付いたときにはもう遅い。慌ててLANケーブルを引っこ抜いても後の祭りだ。

 

この話は今の大学生の話である。なので言葉使いもリアルに今っぽい。京極夏彦の「死ねばいいのに」という小説も若者言葉で書かれていたが、あれは若干無理があった。それに比べ、「何者」はリアル。まあ、浅井リョウが普段の感じで小説を書けばリアルな若者の小説になるのだと思う。どうでもいいが、僕は「マジうけるんだけどー」っていうあの言葉になぜだかカチンとくる。

 

就活はしたくないけど、学生に戻りたい。多分、戻ってもまた同じようにダラダラとした毎日を送るのだと思う。そして、「俺、ホントに社会人やれるのかなぁ。」なんてボンヤリと考えるのだと思う。さいわいなことにボンヤリしてても、なんとか就職できた。これも時代のおかげだと思うし、ボンヤリしていた成果でもある。もし、僕が頑張って就職活動をしていたら、もし僕が「自分で会社を立ち上げるぞ!」なんて張り切ってきたら、今頃はとんでもないことになっていたかもしれない。

 

当たり前のことかもしれないが、小説って、その人が色濃く出てくるものなんだなって思った。浅井リョウはリアルな若者を描くし、群ようこはやっかいな母親を持つ独身女を描く。京極夏彦は、、、あれが京極さんなのですか?人の頭の中というのは不思議なものだ。

 

僕もこうやってブログを書いているわけだが、自分の考えや体験を文字にするほうが圧倒的に楽しいし、筆が進む。記事らしい記事やウケ狙いの記事を書こうとすると、とたんに悩み考え込んでしまう。なにより楽しくない。以前はそんな記事も無理やり書こうとしていたが、楽しくない作業だったのでやめた。下書き保存していたそれらの記事も全て削除した。その記事は自分ではなかったから、消しても痛くはなかった。

 

「何者」のツイートは常に自分以外の誰かに向けられているが、最後には自分自身に向けられる。自分自身を知ったときには重苦しい感情に包み込まれる。でもさ、人から気づかせてもらわないとね、なかなか自分では気づくことができないからね。そんな気づかせてくれる人がまわりにいるのって、ありがたいことだと思う。気が付いた瞬間はとても複雑な気持ちになるけど、それを乗り切るとスッキリする。いろんなことを複雑にするのも他人だし、スッキリするのも他人だけど、自分あっての他人なんだなぁ。

 

少し時間をあけてから、今度は「桐島、部活やめるってよ」を読もうかと思う。

 

追記 2016/3/28

「桐島、部活やめるってよ」は最初の20~30ページで断念した。この本とは相性がよくなかったみたい。