ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

思い込んでいる僕はただなんとなく電車に揺られている

電車

電車の中で本を読んでいる人を見かけた。なんだか絵になっていた。ほとんどの人はうつむき加減にスマホの画面とにらめっこしている。指をシャカシャカと器用に動かしている。皆がなにかに取り憑かれたように同じ行動をしているその光景はとても奇妙である。僕はなにかに取り憑かれないように、ただなんとなく電車に揺られる。ただなんとなく過ごす時間というのはとても大事だと思っている。脳のリセット。自分を休めてなげなきゃ。

 

他人のスマホを覗き見るような趣味はないが、電車の中のどこに視線をおいても、その光景が否が応にも目に入ってくる。皆たいしたことはしていない。ゲームに夢中になる人。メールを読み直している人。写真を見ている人。なんてことはない動画を見ている人。誰かに操られているようにも見える。隙間時間はスマホで埋めなければいけないという思い込み。無意識のうちの動作。人と同じはいやだといいながら、皆と同じ自分に気がつかない。

 

本を読むこととスマホを操作することと何が違うのかといわれても、なにも違わないのかもしれない。本を読む人の希少性にかっこよさを見い出しているだけかもしれない。電車の中のほとんどの人が本を読んでいる光景もまた妙な光景かもしれない。

 

新幹線の外から見える景色は当然ながら僕が暮らしたことがない街ばかりだ。だけど僕以外の誰かにとってはその街が生活の拠点。懸命に生きているのだろうか?なんとなく生きているのだろうか?死ぬことができないから明日も同じように生きていくしかないのだろうか?それとも、そんなことすら考えることもなく日々が過ぎているのだろうか?みんなシアワセなのだろうか?ツライ毎日なのだろうか?日々は温かいだろうか?冷たくてふるえているのだろうか?

 

山が削られて住宅が建ち並んでいる。人によって侵食されている。実に痛々しい風景だと思う。街の中に空き家はどのくらいあるのだろうか?空き家は放置されたまま、土地がないといっては山は削られていくのだろうか。でも、きっとそこには自分の城と家族の笑顔を手に入れてシアワセな男がいるはずだ。マイホーム。必ず手に入れなければいけないと思い込まされてきたもの。定年までの借金。自分の会社だけは大丈夫という根拠なき安心。根拠はないけどそれを頼りにするしかない自分のふがいなさ。

 

一日の終わりにビールを一缶飲めればそれでシアワセだという。彼女さえいれば、それで充分だと彼はいうが、彼女はそれだけじゃ物足りないという。欲しいものが沢山あるんだという。もっともっと欲しい。元気に走り回る駅前のよく肥えたネズミ。豊富なエサを目の前にうれしそうに鳴くカラス。

 

よくわからない記事になってしまった。とりあえず今日も記事を公開することができたので、まあ、よしとしようか。