ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

正月って財布の紐が緩むよね?

ポチ袋

正月というイベントは一年間で最も財布の紐を緩めるイベントではないのだろうか。きっと世界中の神様がニッコリと微笑んでいるんだと思う。北風と太陽の太陽のように。そして人々は正月というだけでなんの疑いもなく財布の紐を緩めるのだと思う。マントを脱いだ旅人のように。いやー、こわいね、神様って。その笑顔には裏がある。

  

年末になると、食品の値段は正月価格になる。うわー、高けぇ。

 

「正月くらいはね。」

 

そんな理由で、普段は手にすることのないアワビ入りの刺身を買う。霜降りの上等な肉を買う。日本酒はなぜか金粉入りのものを買う。エビだってカニだって、正月だからという理由で立派なものを買う。

 

そしてお年玉。子どもが一気に金持ちになるイベントだ。僕も子どもの頃はたくさん貰ったなぁ。昔は親戚付き合いがあったし、親戚も多かったからね。

 

「A's君には少し多めに入れといたからね。他の子には言っちゃダメよ。」

 

ホントに多めに入っていたかどうかはわからない。けど、僕は素直に喜べなかったなぁ。なんだか他の子に申し訳なくて。

 

僕は昔から年配の方によくして頂ける傾向にある。会社に入って二年目くらいのことだったろうか。ある面倒な仕事を誰もやろうとしなかったので、僕が引き受けることにした。そしたら、もうじき定年を迎える方から、「お前は偉い。」と言って図書券を頂いた。それもなんだか申し訳なくて。給料貰って仕事して、その上、個人的にも図書券なんて頂いて。断るのも失礼だったから、ありがたく頂いたけど。

 

僕は結構、本音でモノを言うタイプだ。おべっかを言うことは好きではない。そんな言葉に本心がないことはすぐにばれる。おだてられて木に登るタイプが多いのも事実。本音でしかものが言えないのは時には諸刃の刃だけど、江戸っ子タイプだったその人には僕は気に入ってもらえたのだろう。

 

ところで正月の話。僕は日本経済には申し訳ないが財布の紐は緩まなかった。福袋を見ても、「どうせロクなモノしか入ってないんだろう?」という疑いの目でしか見れなかった。百貨店では多くの人がモノを買い漁っていた。それはそれで楽しそうな光景だった。僕の部屋の中にモノが増えるは困るけど、ひとんちならどうってことはない。なんか冬物って買う気が起きないんだよなぁ。売り場のあのボリューム感。あれを見ているだけでうんざりしてくる。

 

年末年始のテレビって真夜中に映画をやっていることが多い。去年までの僕は、どの映画を録画しておこうかと必死だった。新聞の番組欄とにらめっこしながら、録画する番組を決める作業が好きだった。どっちを録画するかなぁ。この映画を一本録画するよりも、これとこれの組み合わせで二本録画したほうがお得だから、こっちにしよう。そうやって録画した映画の大半は見なかった。そしてHDDがいっぱいになる頃、仕方なくそれらを消していた。痛くもかゆくもないはずなのに、なんだかとっても損した気分だった。

 

損得でものを考えるべきじゃないんだよっていうのが上の記事です。最近、星を頂いたので読み返してみると、なかなかいいことが書いてあった。こういうのを自画自賛という。