ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

「幸福な食卓」の感想 バランスをとって生きる

幸せな食卓

幸福な食卓」瀬尾まいこ

 

「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」

 

この出だしに引きこまれました。え?どういうこと?父さんをやめるってどういうこと?離婚するってこと?いや、そんな単純な理由ではありませんでした。どこか家族のバランスがおかしくなっていたのです。父さんは一度、風呂場で自殺を図りました。母さんは、精神的に不安定になり、家を出ました。でも、ちゃんと母さんの役割を果たしてくれました。でも、家には戻れませんでした。兄は頭がよく優秀なはずなのに、そんな自分に面白みを感じられず、農業を職にしました。そしてクリスマスの日には、大切に育てていた鶏をうちで食べました。

  

ともすれば、重く暗い話になりそうなこの設定をとても軽く書いているんですよね。かと言って軽い内容になることもなく、きちんと考えさせてくれます。

 

「一度死んだってことで、チャラにして楽しくやることにしない?」


って、画期的な提案をしたりしたが、どれもまったくうまくいかなかった。小さなわだかまりをもったまま、それでも私たちは一緒に朝食を食べ、日常を繰り返した。

 

死ぬ気になればなんでもできるっていいますけど、実際に死んだわけでもないし、一度死んだことがある人間なんてこの世にはいないわけですから、そうもいかないと思うんです。どうやったってチャラにはならない。過去があって今の自分がある。時間というのは繋がっているし、日常だってようしゃなくやってくる。お腹が空けばご飯を食べないといけないし、いつものように生活をしなければいけない。日常からはどうやったって逃れられないです。だから、どう快適に過ごすかを僕は考えているんです。いや、どうやって不快なものと距離を置くかといったほうが正しいかもしれません。

 

「俺、仕事が早いんだ。(中略)他の人の仕事だって手伝っていた。そしたら、早く済むし、もっといろんなことができる。(中略)最初はみんなありがたがっていたけど、だんだん俺がやることが当たり前になってくる。すると、助け合うどころかすごくバランスの悪い職場になるんだ。(中略)みんなどこかで嫌だなと思っているのに、常識になってしまったらなかなか崩せない。」

 

すごくわかるんですよね、これ。自分でやったほうが早い仕事って沢山あります。だからといって、全部自分でやっていたら、後輩は育たないし、いつまでたっても仕事のやり方を覚えられない。それは後輩じゃなくても同じことで、同僚でも先輩でも同じです。「僕がやりますよ。」と気をきかせてやったが最後。「今回もよろしくね。」と僕がそれをやることが当たり前になってきます。そうやってバランスが崩れてくる。そうすると自分自身のバランスが崩れてくる。それに気がつかない人は自分の仕事ではなくても目の前にそれがあればやってしまいます。そうやって自分自身で仕事を抱え込む状況に追い込んで、「なんでオレだけが忙しいんだ?」と愚痴るわけです。

 

物語の最後のほうで唐突にどん底に落とされるのが少しツラいですけど、全体的にいい話だと思います。今後、同著者の別の本も読んでみたいと思います。

 


幸福な食卓 (講談社文庫)