ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

人というのは、思ったよりもあっさり死ぬ。別の話。

生死

人というのは、思ったよりもあっさり死ぬ。

 

 

高校時代にクラスメイトだったひとりが高校卒業後、すぐに交通事故で亡くなった。そこは事故が多いことで有名な峠で、スピードを出し過ぎてカーブを曲がり切れずに事故ったらしい。さいわいにも他人を巻き込むことはなかった。この話を聞いたとき、僕は全く実感がなかった。仲のいい友達ということでもなかったから、卒業後に会うこともなかった。彼が実はまだ元気にしているといわれれば、あっさりと信じてしまうと思う。卒業後に会わなくなった多くのクラスメイトは、今でも元気なのか、そうではないのか、全く知らない。知らないが、きっと、僕とそんなに違わない生活を送っているのだと思う。

 

僕は旅に出るとこれと同じような感覚に包まれる。僕がこの街にいない間も時は流れていて、いろんな出来事が起きているんだなぁという当たり前のことを思う。そんないろんな出来事がパラレルで起きていることに不思議さを感じるのだ。そして、僕が旅で留守にしている間にも自分の部屋には静かに時が流れている。僕が今、この瞬間なにをしているかなんて世界中のほとんどの人は知らないし、興味もないだろうし、そもそも僕の存在すら知らない。

 

交通事故で18歳で亡くなったクラスメイトは、18歳以降の人生を知らずに終えた。18歳なんてずいぶんと昔のことなんだけど、あれ以降、彼の人生はなかった。その間に僕にはいろんなことがあった。とりあえず今日までの人生を歩んでこられてよかったと思っている。明日からも僕の人生はこれでよかったと思えるように生きたいし、人生の最後を迎えたときにニコリとできたら最高だと思う。

 

なんかこんなことを書くと僕の人生もうじき終わってしまうそうでやだなぁ。僕はまだまだ生きるよ。

 

母がガンで入院しているときに、いつも廊下の突き当たりの窓から外を眺めている子がいた。パジャマを着て白い毛糸の帽子をかぶっていた。僕の記憶にあるのは、その子の後ろ姿。「外で遊びたいのかなぁ。」「みんなと同じように普通に学校に行きたいのかなぁ。」そんなこと考えながら、僕はその子のことを見ていた。

 

「そういえば、最近、あの子見てないな。」

 

その子は白血病で幼くしてその人生を終えたと聞いた。その子と僕は直接、接することはなかったが、名前も知らないその子の後ろ姿は僕の記憶の中に鮮明にある。

 

会社に入ってきた2年目の彼は肺ガンであっけなくこの世を去った。2年目の健康診断で肺に影が見つかり、精密検査を行ったのだが、すでに末期だったという。全く普通に生活していたのに。つい先月、一緒に飲みに行ったばかりなのに。ガンなんて知ったら、希望なんて持てるはずないよな。頑張れって言われたって、どうしようもできないもんな。精密検査を受けて、わずか半年後のことだった。

 

人が死ぬのって、思っているよりもあっけないものだけど、だからといって、あっけなく彼らの記憶が消えるわけではない。むしろ鮮明さを増し、僕のこれからの生き方についていろいろと考えさせてくれる。