ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

Webライターという仕事があるらしいが、今の僕はまさにそれではないか

物書き

Webライターという仕事がある。フリーのライターみたいなもので記事をひとつ書いて数百円から数千円の報酬が貰えるのだそうだ。

 

「記事を書いてお金がもらえるのかぁ。僕もWebライターとやらを目指してみようかな」

 

そう考えたのだが、よく考えれば記事はすでにこうやって毎日書いている。広告もベタベタと貼っているので、わずかながら収入もある。僕のような日記みたいな記事は単価が安いらしい。一記事数百円程度だという。

 

「それだったら今と変わらないよなぁ」

 

広告は一度貼ってしまえば、それで終わりといえば終わりだ。少しでも報酬を手に入れたければ、広告の位置やサイズの調整、どこの広告が単価が高いか?などを考えればいいのだろうけど、僕はそれを面倒だと感じる。ブログ自体が成長途中なのにそんなことに労力を使うのはなんだか違う気がしているのだ。そんな時間があったら少しでも多く記事を書きたい。

 

Amazon楽天のアフェリエイトも登録しているのだが、ほとんど活用していない。それも同様に面倒だからだ。ある日、Amazonから連絡があった。「君に報酬をあげよう」と。僕はその額にビックリした。実際にはビックリするような額ではないのだが、なぜそれだけの報酬を僕にくれるのかよくわからなかった。そんなとき、僕は妙に疑ってしまう。「これはきっとワナだ」と。

 

もちろん、それはワナではなかった。僕のサイトを経由し、Amazonで商品購入をしてくれたのだろう。その報酬だった。棚からぼた餅とはこのことである。僕はとてもうれしかった。現金なものである。

 

実は僕はすでにWebライターだったのかもしれない。記事を書いてお金を貰う。それがWebライターのひとつの条件であるなら僕はそれに当てはまる。でも、プロではない。それだけじゃ到底生活などできないからだ。そもそもプロになるつもりもないし、なれる素質も見つからない。だけども、以前よりも確実に文章がスラスラと書けるようになってきた。

 

ひとつのテーマを見つけたらそこから色んなことを想像する。余計なことは考えない。かっこいい文章を書いてやろうとか、おしゃれな文面にしてやろうとか余計なことは考えない。それを考えてしまった時点で書けなくなる。僕は僕が考える文章でいいのだ。それでいいのだ。

 

こうやって毎日文章を書いていると自分のくせみたいなものもわかってくる。同じような内容を言葉を替えて書いているだけだったりもする。人はそれをマンネリという。

 

ところで、Webライターの話だ。テーマに沿って記事を書くとそれなりに報酬もアップするらしい。美容とか健康とか財テクとかをテーマに記事を書く。商品レビューなどもそこそこの報酬が貰えるらしい。でもなぁ、報酬を気にしている時点で余計なことは書けなくなる。自分の思いをそのまま伝えることはできなくなる。まるで放送局とスポンサーの関係だ。そうなると記事がつまらなくなる。もともとそんなに面白くないよなんて決して言わないで欲しい。悲しくなるから。