ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

鳴くのが下手なウグイスに僕は泣きそうになる

うぐいす

「きれいな声で鳴くわよねぇ、ここのウグイスは」

 

母がまだ健在だった頃、母の友達が言った言葉をこの季節になると思い出す。とりとめのないメンバーが集まって、うちでお花見をしたときのことだ。「下手なウグイスって聞いたことないね」と僕は答えた。

 

ところがだ。今朝がた鳴いたウグイスはあまり上手ではなかった。

 

ホーー、ホゲギョ…

 

世の中には鳴くのが下手なウグイスもいるのだ。ウグイスだからといって、みんなが上手に鳴けるわけではない。そのことを思い知らされたと同時に、その鳴き声を聞いて朝から調子が狂った。そんなやるせないウグイスもいるが、実に上手に鳴くウグイスもいる。

 

ホーーーーー、ホケキョ

 

前半の溜めが素晴らしい。鳴き方もスムーズで歌うように鳴いている。ウグイスのお手本のようなウグイスだ。

 

よくよく聞いてみると、鳴き方にも個性があって、発音の仕方や声の強弱のつけ方、音域などがウグイスによって違うように感じる。俳句を詠むような観察力のある人などはとっくに気づいているんだろうと思う。なんとなく毎日を過ごしているとそんなことにはなかなか気づかない。

 

「ウグイスってどんな姿だっけ?」と思いネットで調べてみると、ずんぐりむっくりとした姿で、それはまるでひよこ饅頭みたい。そういえば最近、毎朝同じ時間、同じ木の枝で見かける鳥がいる。あれにそっくりだ。多分。あれがウグイスなのだろう。

 

その鳥はたいしてウグイス色はしていない。地味だ。鳥の世界はオスのほうが派手でメスのほうが地味。だから、あれはきっとメスなのだ。メスの気をひくための派手な装い。人間だって同じだ。人の気を引きたかったら、目立とうとする。派手なファッション、派手な髪型、派手な化粧。そうやって目立とうとする人間はまだいい。目立ち方を知らない人間が、短絡的な考えで間違った目立ち方をすると大変なことになる。無差別にナイフを振り回してみたり、燃やしてはいけないものに火をつけてみたり。

 

鳴き方が下手なウグイスは日々練習をしているのだろうか?うまく鳴けるようになりたいと必死に練習をしているのだろうか。「あいつ、いつまでたってもうまくならないな。」なんて陰口にも負けず、ひとり泣きながら練習をしているのだろうか。

 

鳴くのが上手いウグイスには感心する。美しいなぁと思う。いつまでも聞いていたいと思う。鳴くのがあまり上手ではないウグイスに対しては、もっと練習してからうちに来いよと思う。どちらのウグイスに親しみを感じるかといえば、もちろん後者である。

 

2017/5/11 追記

うぐいす

この人はウグイスじゃないらしいです。じゃ、誰なんだ、お前は。