ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

過去記事を修正することのメリットを書いてみる

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ぼちぼちではあるが、過去記事の見直し&修正作業を行なっている。これがなかなか楽しい。今、このブログの一番の読者は僕だと思う。それくらいじっくり読み返している。

 

くどい文章は容赦なく削除する。過去の自分が変わってしまわないように少しだけ修正する。ある記事などは、修正を加えすぎたために全然違う記事になってしまった。あまり手を加えないというのは、このことの反省だ。

 

「誤字脱字のなんと多いことか」

 

自分のブログを読み直してみて愕然とした。誤字脱字がないのは最低限のマナー。それができていなかった。意味がわからない文章は段落ごと削除した。

 

誤字脱字はある一定期間に集中していた。落ち着きがない時期だったのだと思う。まあ、そんなときもある。

 

最近では寝る前の布団の中で、今日アップした記事の見直しをしている。そこで文章の体裁を整えている。だから、記事をアップした翌日くらいに読んで頂ければ助かるのだが、それは、まあ、僕の勝手な都合だからね。

 

ある期間の記事はとても読みやすかった。今みたいにへんに気取ってないし、自然体だった。「いいこと書いてあるなぁ」なんて自画自賛することもあった。いいことが書けた期間は気持ちも落ち着いていたのだろうか。

 

少し前の僕は「いかにもネタです!」という記事を書くことがあった。読書感想なんて実は書くのが辛かった。「せっかく読んだのだからブログネタにしておかないともったいない」という思いで記事にしていた。なにがどうでもったいないのだか。今では書きたいときだけ感想を書くようになった。

 

同じような記事もたくさんあった。「同じような記事をたくさん書いている」という記事もたくさん書いている。やはり僕の日常はたいして変わっていないのだと気づかされる。

 

余計な接続詞も消した。ついつい接続詞を多用してしまうのは僕の癖だった。「でも」「しかし」「だから」なんていう言葉をつけなくても、案外文章になる。文字数は減ったが読みやすくなった。

 

「”です・ます調”の言葉と”だ・である調”の言葉を混在してはいけません」

 

小学校の先生がそう言ってたから、僕はいかなる時もそれを守り続けていた。ブログをはじめたときになにも考えずに「です・ます調」で書いてしまったものだから、「それに統一すべきだ!」なんて思っていたのだけれど、いつの間にか今の調子になっていた。たまには丁寧な言葉で書いたほうがいいかなと思い、昨日の調子の記事になった。逆に新鮮でよかったです。

 

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