ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

毛皮のマリーと今朝の出来事

新宿の夜

眠らない街 

この記事を書きはじめたのは、朝の4時半。緊急車両のサイレンがすこぶるうるさい。特に警察。彼らも仕事で捕まえたいなにかがいるのだろうから仕方がないかもしれないが、それにしたってもう少し時間帯を考えてくれてもいいじゃないか。善良な都民の睡眠を妨げる権利が君たちにはあるのか? 僕は都民じゃないけど。

 

大きくて便利な道路沿いのマンションはやめておいたほうがいい。サイレンだけじゃなく、普通に車の騒音がうるさい。この部屋は6階にあるにも関わらずだ。ここのマンションは「水商売の方にオススメ」なのだという。確かに昼間のほうが静かだ。車はスピード出さないし、警察も昼間はおとなしくしているようだし。おとなしくしているのは、捕まえられる方か。不思議なことに別の部屋の騒音などは全くない。隣の部屋からも上の部屋からも生活音はしてこない。問題なのは外部だけ。「眠らない街」なんてかっこつけてないで0時を回ったらさっさと寝てくれ。

 

毛皮のマリー

今日は「毛皮のマリー」を観た。美輪さんの舞台は二度。前回は「黒蜥蜴」を鑑賞した。あれはいかにも三島由紀夫の様式美だった。「椿説弓張月」という三島由紀夫が手がけた歌舞伎があるのだが、その世界観に通じるものがあった。美輪さんは年齢性別不詳だけど、まあまあの御歳なので、観れるうちに観ておこうと思ったのが今回のきっかけ。森光子さんの「放浪記」をいつかは観たいと思っていたのだけれど、観る機会を失った。自分が「こうしたい」と思った時がそのタイミング。「今」って大事だと思う。

毛皮のマリー

毛皮のマリーは寺山修司が美輪明宏のために書いたもの。誰かのために芝居を描きたいと思わせる人物ってそうそういないはず。それだけの何かを持っているのだと思う。なんだろうねぇ、この世界観って。表現しきれない。平成ではない。昭和でもない。それより少し前の空気。もちろん僕はその時代の空気感なんて知らない。嫌いじゃないが、それは御芝居や小説の中の出来事であるからそう思うのであって、これらが僕の現実として目の前に現れたら、気が狂ってしまうのではないかと思う。 

 

美輪さんの世界観は美輪さんにしか表現できない。黒蜥蜴とはまた違った世界観。デビットリンチの ツイン・ピークスを思い出したのは僕だけだろうか。今後、再演があるのかどうかはわからない。観たいと思った時に観ることができてよかったと思う。