ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

天気を気にするのが楽しい日

 天気

僕は今回の旅行の10日前から、ずっと天気のことを気にしていた。なぜ10日前かというと、10日間天気予報を当てにしていたから。長期予報というのは、「曇り空の日もありますが、概ね晴れるでしょう。」とか「気温の高い日が続くでしょう。」などザックリとしたことしか言わないので、あまり参考にはならない。10日間天気予報だと、週間天気予報のように詳細に10日先までの天気を教えてくれる。まあ、10日先の天気なんて見るたびに変わったりするけどね。でも、それを見ているのが楽しい。雨だったはずの予報がくもりに変わっただけで「よっしゃ、さすが俺」などとよくわからないことを思う。

 

そうやって一喜一憂するのだが、それ自体はあまり意味がない。どんなに晴れを願ったって、なるようにしかならないからね。でもね、それが楽しいんだからいいのさ。天気予報に一喜一憂するのって、自分の楽しみがそこにある瞬間だけじゃない?デスクで仕事をしているときなんて天気のことなんか気になりもしない。「通勤で濡れるのやだな」程度である。

 

「雨続きでいやだわねぇ」なんて職場の同僚が言っていたので、「雨も降らないといけませんからね。植物は喜んでいるんじゃないですか」などと答えると、「あなたは言いこというわねぇ」なんてしきりに感心していた。そんなに感心していただくことでもないんだけど。田んぼには水が必要だし、ダム湖にも水が必要。必要なものがそこにないと困るのは自分だから。米食いたいし、水飲みたいし。需要と供給のバランスで値段が高騰しても困るし。結局は自分のこと。まあ、そんなもんだよ。

 

先日の夜は「強い風が吹き荒れて、大荒れの天気になるでしょう」なんてテレビの天気予報士は言っていたけれど、全然そんなことなかった。僕が気がつかなかっただけかもしれない。風の音より車の騒音のほうがよほどやかましかった。そんな大荒れだったはずの天気のあとは、一変して夏のよう。どうなっているんだ、この天気は。連休の間、寒くて風邪でも引いたらやだなと思っていたけれど全くいらぬ心配だった。