ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

伐採は悪いことか?

大木

ゴールデンウィークというのは祝日がたくさん集まった週間。「昭和の日」「憲法記念日」「みどりの日」「こどもの日」気がついたらどれも終わっていた。昭和の日というのは元は昭和天皇の誕生日だったね。それが平成になってから昭和の日に、と思いきや、元は「みどりの日」だったらしい。だったらしいと他人事のように書いてしまったが、僕は間違いなく4月29日がみどりの日だった時代を過ごした。でも、あまり記憶にないや。この時期の祝日はまとめてゴールデンウィークという認識しかないからね。

 

みどりの日は緑、すなわち自然に感謝する日らしい。僕は家の周りに生えている木をバッサバサとなぎ倒している。その行為は他人から見れば自然破壊をしているように感じるらしい。ある日、うちを訪れてきた住職が庭を見て「木は切らないといけませんか」と悲しむように僕に聞いてきた。「日陰になりますし、桜の木が枯れるんですよ」と説明しても住職は納得していない様子だった。まるで僕が自然破壊者のごとく。森は人が手を加えないと必要以上に荒れる。

 

木は日光を栄養のひとつとして生きている。自分だけはなんとか生き延びたいと思うのか、日光を求めて競い合うように空へ空へと伸びてゆく。まっすぐ伸びるだけではない。少しでも隙間を見つけると、曲りくねりながら枝葉を伸ばす。彼らも生きるのに必死なんだね。そうやって伸びれば伸びるほど青空は遮られ、日光は当たらなくなっていく。だからいつかは伐採してやらないといけない。伐採しないと共倒れになってしまうからだ。まさに出る杭は打たれる状態。

 

しかし、伐採しても決して彼らは死なない。上手に伐採してやると、そこからまた新たな枝を成長させる。伐採の仕方を間違えると枯れてしまう。まるで人間の手術のようだね。成功すれば元の元気を取り戻せる。だから伐採するということは決して悪いことではない。いつも自然が正しいとは限らない。共倒れにならず、青空を遮ることもなく。地上近くの植物にも光が届き、みな生き生きとする。干した洗濯物はすぐに乾くし、僕の部屋も暖かい。伐採はそのイメージとは裏腹にみんなが幸せになれる方法のひとつなのだと思っている。