ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

ケチの美学

ケチ

ケチな人というのはお金を使わないで溜め込んでいるのだから、結局、そのお金は使うことなく死んでしまうのだと思う。正当に得たお金をケチるのは本人の勝手だが、なにかを誤魔化して不当に得をしようとするのはいけない。そうやって自分も他人も誤魔化しながら得たものさえ結局は使わない、いや、使えずに死んでしまうのだから、いったい何のためにケチっているのかと思う。ケチること自体が楽しいんだろうね。買い物をするのと一緒。その過程が楽しのであって、手に入れたものにはさほど興味もないのだろうと思う。

 

随分と前に亡くなった親戚のオジさんも実にケチな人だった。一般と比べればお金持ちに分類されるほうだと思う。しかし、高級車に乗っていたわけでもないし、ブランド好きだったわけでもない。地味な生活をしていた人だった。オジさんが亡くなったときにオバさんひとりでは遺品整理が大変だからと手伝いに行ったことがある。ケチなのか捨てられない性格なのか、色々なものが保管されていた。中でもビックリしたのは食べ終わったカニの甲羅だ。これが何枚も出てきた。「オジさんらしいわね」と母は言った。もったいなくて捨てられなかったのだろうということだったが、カニの甲羅なんてとっておいてなにに使うつもりだったのだろうか。まあ、なにかに使うからとっておいたわけじゃないんだろうね。

 

残されたオバさんには子供もなく、それなりの遺産が残されたらしい。オバさんは年に何度も海外旅行にも行く。僕の母が病気になったときにはポンとまとまったお金をくれたらしい。だが反面、日常の生活は実に地味だ。無駄な買い物はしないし、派手な生活もしていない。お礼の品を二千円のものにしようか三千円のものにしようかで悩む。僕がタケノコやワラビを持っていけばとても喜んでくれる。お金があるからといって不必要に背伸びをしないオバさんの生き方が僕は好きだ。健康のために毎朝歩いてるっていうし、少しの距離ならタクシーなんて使わずに歩いて帰る。普段はとても穏やか。声をあげる場面など見たことがない。身内でなにかあったときには真っ先に頼りにされる存在だ。冠婚葬祭のマナーなどはとりあえずオバさんに相談しておけば間違いない。背伸びをしない。身の丈にあった生き方をする。僕はこうなりたいんだなぁ。と同時に自分の持っているお金は自分が生きている間に使い切りたいなんてケチなことも考えている。