ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

麦子さんと -母親との関係-

麦子さん

昨日から記事を書かなきゃと思っていた。ネタはあるのだが、どうにも書き進める気になれない。単にやる気がないだけだ。本を読んでヒマを潰して、飽きたらGAYOで映画を観る。ダメだ、こんなんじゃダメだ。でも観た映画はよかった。麦子さんと。


麦子、23歳。頼りない兄と二人暮らしをしながら、声優を目指している。ある日、自分たちを捨てた母親が突然舞い戻ってきた。顔も覚えていない母との生活に戸惑う麦子。そして投げつけた一言、「あなたのこと、母親だと思ってないから」。その言葉を最後に、母は帰らぬ人となった―。その後、納骨のために母親のふるさとを訪れた麦子は、母が町のアイドルだったことを知る。町の人々に振り回されながら、初めて知る母の青春、母の人生―。そして麦子の心にある思いが広がっていく……。

 

自分を捨てた親と子どもの葛藤。ベタなストーリーだ。どうあがいたって親子の縁というのは切れない。死んでなお、そう。むしろいなくなってからの方が親との絆は深まる。生きているうちにもっとやさしくしておけばよかっただなんて誰もが思うであろうことを当たり前のように思う。親というのはいつもやさしいし、絶対的に子どもの見方だ。

 

堀北真希演じる娘の麦子が余貴美子演じる母親を突き飛ばすシーンがある。母親のおせっかいにイラッとし突き飛ばしてしまう。母親は勢い余って転倒しタンスに頭をぶつける。

 

「へへへ、転んじゃった。へへへ。」

 

麦子の度を過ぎた行動にも母親は「あなたは悪くない。大丈夫だから」と言わんばかりにその場を笑って誤魔化そうとする。母親ってこういう顔するんだよね。こういう態度とるんだよね。間違いなく悪いのは僕なのに全然責めないんだよね。そんな態度にますますイライラするんだよね。でも、悪いのは僕だってわかってるから後ろめたさもあって、とりあえずその場から逃げだすんだよね。その場は逃げれてもね、その気持ちから今でも僕は逃げられない。

 

麦子には兄もいて、その兄もまた母親のことをうっとおしいと思っていた。そんな兄妹と母親にはあっけなく別れのときがくる。母親は末期がんだった。「いまさら母親面するな」「あんたの力なんて必要ないから」そういっていた兄は葬儀を終え、母親の骨を骨壷に収めたあと、嗚咽を漏らしながら泣いた。

 

「親がいなくなったどうなるんだろう」

 

僕は子どもの頃からたまにそんなことを考えていた。考えてみては、そんな恐ろしいことなど想像したくないと思って考えるのをやめた。悲しいとかさみしいとかではない。親は当たり前のように今日も明日もいて文句を言える存在のはずだった。当たり前のことが当たり前でなくなるということは僕にとってはとても恐ろしいことなのだ。

 

いい映画だと思うので機会があれば観て下さい。余貴美子のなんともいえないあの母親の表情は忘れられない。