ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

「逆転の仕事論」の感想

逆転の仕事論

あえて、レールから外れる。逆転の仕事論 堀江貴文

 

就職した会社で、与えられた仕事をコツコツこなし、幸せな定年を迎える。そんなレールに乗った、かつての成功モデルは既に崩壊している。

 

では、いま最も有効な働き方とは何か?本書では、武田双雲、佐渡島庸平、増田セバスチャン、田村淳、HIKAKIN、小田吉男、小橋賢児、岡田斗司夫というグローバルビジネス時代を生き抜くイノベーターの仕事論を紹介し、堀江貴文が分析。新しい仕事論を再定義します。起業・転職を視野に入れるビジネスマン必読の書。

 

武田双雲

書道家、武田双雲。何事も自分にプラスになるように考えるというのが彼の特徴。それはすごく難しいことだと思います。マイナスに考えるほうが断然、楽ですね。

 

武田双雲

 「他人に自分の機嫌をコントロールされない」というこの言葉。心得ておきたい言葉です。自分の不甲斐なさにイライラすることもありますけど、ほとんどの場合は他人を気にすることによる感情です。「人からどう思われているのだろう」「どうせこんなふうに考えているに違いない」自分の勝手な妄想でイライラしているだけです。他人と自分との関係を他人のせいにしない。

 

社会は豊かじゃないですか。すでにハッピーで溢れている。

不足なものは、ないです。なのにみんな何を増やしたがっているんでしょう?

 

著者は基本的に欲がないようです。金銭欲、物欲、野心。物事を宇宙規模で考えるとそうなるらしいです。宇宙規模で考えるだなんて、僕には無理だ。もっと欲しいと思えばギラギラせざるを得ない。どうやって手に入れようか。それを達成するためにどうやって他人を丸め込もうか。

 

僕は欲しいものがないんですよ。すでに「ある」ということに気づいているので。お金も同じでしょう。お金が喉から手が出るほど欲しいっていうのは、そこに「ない」と思っているからです。

 

僕もここ数年、欲は極端なまでに低下しています。特に物欲。手に入れたい、自分のものにしたいという気持ちがなくなりました。また、金銭欲も以前に比べると減りました。残業代を稼ぎたいなんて全く思わない。それよりも自分の時間を大切にしたい。お金を手に入れる機会はこの先もあるはずだけど、時間は今以上には増えない。金銭的に余裕があるから思えることだと思う。生活に困ればお金が欲しいと思うはず。今の僕の生活はいろんなことのバランスがいいのだと思う。

 

HIKAKIN

ユーチューバーの第一人者、HIKAKIN。何度か動画を拝見したことがあります。「なにがオモシロイのだろう?」というのが正直な感想。「何十億回もの動画再生回数をたたき出しているのだから、きっと面白いはずだ!」と自分に言い聞かせてみても「うーん」と唸るばかり。でも、本書で書かれている内容には共感しましたし、ブログをやっている自分に置き換えると、参考になる考えも多数ありました。

 

HIKAKIN

 「決めた通りにやり続けること」は彼なりのルールだそうです。しかも「決まった時間に続ける」ということを意識している。サラリーマンでもないし、就業時間が決まっているわけではないので、時間を決める必要はないけど、そこはあえて守っている。この考えを僕は見習おうと思います。

 

僕が楽しみにしているブログのほとんどは不定期です。中には決まった曜日に更新すると断言しているブログもあって、実はそれが楽しみだったりもします。「今日は日曜日だからあのブログが更新されるぞ」なんてね。ちょっとしたワクワクです。それってテレビを楽しみにしていたときの感覚にも似ています。月九が楽しみだったり、土曜日のバラエティが楽しみだったり。

 

僕はこれから毎日20時にこのブログを更新しようと思います。楽しみにしてくれ。

 

田村淳

ロンドンブーツ1号2号さんですね。「ワクワク感が全ての基準」なのだそうです。僕は最近、何にワクワクしたんだろう?と考えてみたんですね。これ!というものが思い浮かばないんです。夏休みに親に連れて行ってもらった映画館はとても特別なものでワクワクする時間でした。好きなアーティストのCDが発売されることを知ると、その日からソワソワしていました。自転車を漕いでCDショップに向かうあの瞬間。あの気持ちはもうないですね。そんなワクワクを作り出そうとしているのが田村淳さんですね。

 

彼はテレビ以外の場でもそれを探そうとしているようです。テレビはコンプライアンスを意識し過ぎている。どの業界でも一緒でしょう。そこに常識を持った大人と非常識な大人がいればコンプライアンスは厳しくなります。非常識な人間ばかりだとルールもなにもないです。そんな状況は混沌としながらもワクワク感に溢れます。非常識というと誤解があるかもしれませんね。ゆるい大人とそうでない大人。無難な大人とそうでない大人。常識的な大人は我こそが常識と思い込んでいるからやっかいですね。

 

ルールのギリギリはどこまで?と問いかける。

 

「学校の廊下は走ってはいけない」という校則に疑問を感じ、その規則を変えるために生徒会長に立候補したのだそうです。おかしいことをおかしいと言い続けるのは大変なこと。パワーがいります。それを正だと思い込んでいる人にノーというのですから。最初は門前払でしょう。うまくいけば相手は根負けするでしょう。納得させるのは、余程の熱量がないと難しい。僕はそれで諦めてしまったことがとても多くあります。ダメですね。