ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

豪雨を眺めながら思うこと

雨

強すぎる雨というのは閉塞感があって少し好きだ。どう考えても晴れそうにないから諦めがつく。ザーザーと音を立てて降る雨に「すげぇなぁ」と感心する。その閉塞感はまるで雪山の別荘に閉じ込められてしまい、次々と人が殺されてしまうときのよう。いかにもなにかが起こりそうなのだが、現実にはなにも起こらない。なにか起こってたまるか。

 

ただ、最近の雨は恐ろしい。雨だからバカにするなといわんばかりに爪痕を残すからだ。「台風や地震ばかりが災害じゃない。僕ら雨だって立派な災害になるのさ」といわんばかりに。そんなこと言わなくてもいいのに。ほどよく情緒を感じられる程度にシトシトと降ってくれたらそれでいいのに。あんなに自己主張の激しい雨だとてるてる坊主なんて相手にもしていないのだろう。カタツムリの殻だって砕け散ってしまいそうな勢い。

 

僕の住んでいるところは、地震も比較的少ない地域だし、家は比較的高台にあるので津波の心配もない。ぼくのうちが津波の被害にあうくらいなら日本は沈没だ。その代わり、高台に家があるものだから土砂災害がこわい。裏山が何度か崩れたことがある。家の前の道も土砂で埋もれたことがある。さいわいに崩れただけで被害はなかった。崩れた箇所には数年も立てば草木が生い茂り、根が張る。それが土砂崩れの防止になる。ただし竹は多く生えすぎると、浅くにしか根を張らなくなるから逆にあぶないのだそうだ。

 

実際に近くの竹山が大規模に崩れたことがある。そこでもさいわいなことに直接の被害は出なかったのだが、道が寸断させて大変だったらしい。だから土砂降りの雨を見て「すげぇなぁ」と思うのは一日くらいもので、それ以上続くと怖くなる。寝ている間に土砂が流れ込んできたらどうしよう。地鳴りの音に敏感になる。少しでも異変を感じたら逃げないと。そうやってビクビクすることになる。

 

カミナリもこわい。うちの近くには鉄塔があり、数年に一度はその鉄塔に落雷する。鉄塔は避雷針だから落ちて当然みたいなところがあるのだが、あまりも鉄塔が近すぎて困る。そこに雷が落ちると、光と強烈な爆音が家中に響き渡る。まるでB29に爆弾でも落とされたかのよう。同時に雷の重低音で家が揺れる。それはもう思わず耳を塞がずにはいられない。梅雨が終わるのがこわいよ。だってさ、梅雨の終わりには必ず雷がゴロゴロと鳴るじゃない?それで梅雨が終わって、夏が来るわけじゃない?夏の訪れの裏には僕の我慢があるってことを忘れないで欲しい。