ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

損して得取れ、フォアグラの悲劇

がちょう

特に予定もなかったのだが、有給休暇をとった。いつもであれば「休みの日くらいは少し遠くのスーパーに買い物に行ってみよう」と思うのだが、流れでいつものスーパーに行くことになった。平日だというのに駐車場は車でいっぱい。定年を迎えたであろう御夫婦や小さな子供を連れた母親。いつもとは違う客層なのがいかにも平日らしくていい。店内のレイアウトもいつもと違っていた。

 

店のあちこちに「詰め放題コーナー」があるのだ。僕はこういうのはとても苦手。それを詰め込んでいる人の後ろ姿が必死なんだよね。その必死感が苦手なのだ。すこしでも得をしてやろうと詰め込む。これでもかと詰め込む。「それ以上詰め込んだら、ビニル袋が破れちゃうよ?」という状態から更に詰め込む。フォアグラを作るために無理矢理にガチョウの口をこじ開けてロートを突っ込んでエサを食べさせている場面を思い出す。「うげぇ、もう食えねぇ」と涙を流しながら訴えているのにそれでも容赦なくエサを流し込まれているガチョウは悲惨だ。パンパンに詰め込まれたニンジンやらジャガイモやらの姿がみっともなくみえるんだよね。品がない。たくさん手に入れると「どうせたくさんあるから」と無駄に使ってしまうくせが僕にはあるので、必要以上に手に入れようとは思わない。損して得取れだ。ん?ちょっと違うか?

 

だからそんな詰め放題コーナーには目もくれず僕はいつも通りの買い物をした。でもね、みんななんだか楽しそう。ちょっとしたお祭りみたい。家族がたくさんいる家庭にとってはありがたいイベントだよね。詰め込まれたアサリなんて一晩で食べきってしまうのだと思う。アサリの酒蒸しって美味いよね。やべ、食べたくなってきた。

 

別の一角を見ると、誰も人がいない詰め放題コーナーがあった。干し椎茸、詰め放題1000円。干し椎茸が無造作に並んでいる。シワシワのそれが大量に並んでいる姿。誰もいないその風景はすこし物悲しい。遠くに引っ越した息子家族。縁側でひとりお茶をすするおばあちゃんの姿を想像した。いやいや、おばあちゃんは悲しくなんかないんだ。そうやって遠くを思って充実した人生を歩んでいるんだ。年に一回の息子家族の帰省を楽しみに毎日を過ごしているんだ。いつもと違うスーパーの様子を眺めながら、僕はいろんなことを想像した。