ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

社内ニートになる日 -ノルアドレナリン大放出!-

仕事

情報システムというのは上手に構築するとメンテナンスの必要がない。トラブルもない。手間のかからないシステムは理想的だが、担当者としては暇になってしまう。なので現場に「なにかお手伝いすることあれば」と営業活動に勤しむのだが、今の職場はのんびりしているので仕事の依頼もない。手間暇かけて仕事をして、それで仕事が回っているのだから問題ないということなのだろう。まあ、仕事のための仕事というのは世の中にごまんとある。

 

そんな職場にいると僕自身も沈んでいしまいそうになる。いや、何度も溺れかけた。「溺れそうだから助けて」と上司に相談するが、上司は上司でボコボコにされているので僕なんかにかまっている暇はないらしい。会社に来てもすることがないというのは鬱になる。なにもしないわけにもいかないので将来構想を考えたり、ICTの勉強をするのだが、それが日々のメイン活動になるとつらい。やるべきことが七割で自己啓発が三割くらいが理想だが、僕の毎日は九割方自己啓発なのだ。残りの一割の仕事も僕にとってはルーチンワークなので実にやりがいがない。

 

こんな状態が続くと誰にも頼りにされていないようで落ち込む。トラブルのないシステムを作るとこんな問題もあるのだ。社内ニート状態。「なにもしなくてもいいよ」というのは実につらい。この職場では誰も僕を求めていない。

 

前任者であった優秀な先輩は、いつの間にかこの組織になじめなくなった。「システム関係の仕事はもういいや。ルーチン職場がいいな」と先輩はいった。決められたことをするだけの毎日がうらやましい。毎日することがあるんだから。なにも考えずにそれをこなしていれば一日は終わる。体を使う職場ではあれば体力的にきついかもしれないが、それは充実感に変わるはずだ。仕事終わりのビールが美味いなんて思えるような仕事がいい。

 

「仕事もせずに給料がもらえる身分なのに贅沢なこと言いやがる」

 

以前の僕はそう思っていた。こんな毎日を過ごしていると嫌が応にも気持ちはどんよりしてくる。仕事終わりのビールも楽しみにはならないし、週末も楽しみではなくなる。月曜日から金曜日まで懸命に働いたからこそ週末が楽しい。そう考えると定年が怖くなってくる。毎日が日曜日。考えただけでもゾッとする。どうやって人生を楽しめばいいのだろう。そんなことを考えるお年頃なのだ。腐るかどうかは自分次第。明日からは別の職場に営業活動に出かけようと思う。その僕の行動はルール違反かもしれないけど、どこかに僕を頼りにしてくれる人がいるはずだ。頑張ってやる気を出さないと歯が痛くなるから僕は頑張る。