ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

分け隔てせず掃除をすること

シンク

僕は水周りの掃除が苦手だということはこの記事に書いた通りだ。水周りというのは放っておくととんでもないことになる。特に夏場に向けては大変だ。

 

本屋の掃除本コーナーで立ち読みをしていた時のことだ。「ゴボウで若返り」で有名な先生の掃除方法が紹介されていた。水周りの掃除も体を洗うのも全てひとつの石鹸で行うという内容だった。体を洗ったついでに風呂場も洗う。食器を洗ったついでにシンクも洗う。それでピカピカなのだそうだ。汚れる前に洗うから汚れない。放っておくとヌメヌメになって、ますます触りたくなくなる。食器を洗ったスポンジでシンクを洗うことに抵抗があったのだが、よく考えれば食器とシンクを区別することはない。同じスポンジでシンクまで磨くのに抵抗があるのは、シンクのほうが汚いと思っているからだ。汚くしているのはそれを放ったらかしにしている僕のせい。

 

「シンクがヌメヌメしているのはいかん」

 

意を決してこの一週間、食器を洗い終わるたびにシンク内も磨いた。結果、きれいな状態が保てた。威張って記事にするほどのことじゃないよね。わかってる。でも、僕的にはそれが満足だったのだ。だから記事にしたかった。母親がいたころはシンク内がヌメヌメすることなんてなかった。毎日磨いていたんだろうね。その状態が当たり前すぎて母親の努力なんて気にもしなかった。

 

 分け隔てをしない

 

これが大切なんだろうと思う。廊下を磨くついでに玄関の靴置き場を雑巾で磨くことは少し前から実践している。これも最初は抵抗があった。土足の場所を雑巾で磨くだなんて。でも定期的に雑巾で拭いていると、きれいな状態は保たれた。雑巾を丁寧に水洗いすればなんの問題もなかった。

 

 

なにごとも分け隔てをしない。きれいなところとそうじゃないところ。うちの中と外。街中だと平気でポイ捨てをする人間がいる。ポイ捨てをする人間の思考回路が理解できない。自分ちとは関係ないからポイ捨てする。関係ないからそこポイ捨てをしちゃダメなんだよ。捨てられたそれは誰かが拾うことになる。そんなことを他人に押し付けちゃダメなんだ。自分さえよければそれでいいと思っているのか。そんなことさえ考えてないのか。なにも考えないということはおそろしい。