ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

見えないものに対する思い

朝日

朝日がみたくてその方向に歩いた。自らが光り輝いているものはとても眩しい。直視できない。太陽の形なんて見えやしない。神々しいそれは、空一面を水色からオレンジ色に染めていく。最初はみえなかったはずの太陽の形もしばらくするとハッキリしてくる。まあるい太陽がクッキリと見え出す。最初は見えなくても、ずっと見続けていれば見えてくるようになる。

 

僕は自分には見えないものがおそろしい。家のどこかでガタッというと、それはそれはおそろしい。その音の正体はなんだろう。誰かが侵入してきたのか。ねずみが走り回っているのか。単なる家のきしみか。それとも、見えるはずのないなにかのせいか。

 

病気の正体もみえないからおそろしい。だから病院へ行き先生に「単なる風邪です」と言ってもらえると安心する。体のどこかが少し痛いだけで変なふうに勘ぐってしまう。正体不明の病気にでもなったのではないか。それともガンではなかろうか。歯の痛さも同様。なぜ痛いのかがわからないからおそろしい。

 

そして将来のこと。この先、僕はどうやって生きていくのだろう。平穏無事に過ごせるのだろうか。なに不自由なく暮らしていけるだろうか。今の貯蓄で足りるだろうか。何歳まで生きるのだろうか。どこかで倒れて身元不明になったりしないだろうか。会社は定年までもつだろうか。考えても仕方がないことを考えてしまう。この先、どうなるかわからないから不安なのだ。それはいつの時代も同じ。70年前の日本でこの未来の生活を想像できた人なんているのだろうか。70年後の世界なんてすぐそこのはずなのに想像すらできない。10年後の未来だって想像できない。

 

反して過去に対しては後悔ばかりする。あのとき、ああしておけばよかった。もっと人にやさしくしておけばよかった。好きだったあの子に告白しておけばよかった。もっと懸命に勉強しておけばよかった。でも僕は過去にタイムスリップして人生をやり直したとしても、また同じ道を歩くのだと思う。そして同じように後悔するのだと思う。

 

人は死んだらどうなるのだろう。宇宙の果てはどうなっているのだろう。宇宙はどうやってできたのだろう。なぜ僕は僕として生まれてきて、僕という人生を送っているのだろう。そんなことを考えている間に未来はやってきて「人生はあっという間だからさ」と言ってこの人生を終えたい。最後にそれくらいの猶予が頂ければ有難い。