ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

まもなく此の世を去るセミの話

蝉

八月に入って間もないというのにすでに地面でひっくり返って息絶えようとしているものがいる。皆が示し合わせたように腹を空に向けている。セミは実は夏の暑さが嫌いなのだという。

 

「最近の夏ってのは尋常な暑さじゃありませんよ。しかもこの木の根元を見てごらんなさい。土なんて見えやしない。ほとんどが黒い油のかたまりで覆われてる。あぁ、これはアスファルトっていうんですか。そいつのおかげで照り返しがひどい。こんな暑さでひと夏を乗り切れるわけはないじゃありませんか」

 

人間がつくり出したこの暑さは確かに尋常じゃない。人間自身がやられてしまう。

 

「人間は涼しい建物の中に避難できるからいいかもしれませんけどね。わたしらセミはそうはいかない。部屋の中に入れてくれやしないかと思って網戸に張り付いて鳴いてみたんですけどね。見事に追い払われました」

 

彼もまた限界が近いという。

 

「鳴くだけの毎日には飽きました。まあ、自分のDNAはすでに残しましたし、明日くたばっても何の後悔もありません」

 

別のセミも地上でひっくり返ったまま手足を力なく動かしている。寄ってくるのは無数の蟻。息絶えようとしているものを食料としてしか見ていない。僕はそのセミがかわいそうだと思い、蟻を追い払った。

 

「わたしに構わんで下さい。どうせなくなる命だ。蟻どもの役に立てるならこの命も惜しくない」

 

僕がかわいそうだと思ったその気持ちは余計なお世話だったのか。

 

「人にかわいそうだなんて思われちゃおしまいですぜ」

 

僕の心を読み取ったかのようにセミは答える。

 

「わたしは死んだら別の命をつなぐエサとなります。人間は死んでいったいなんの役に立つというのです?」

 

人の死はその悲しみによって人を成長させてくれるのだと答える僕。

 

「ふぅん。で、その気持ちはいったい何の役に立つというのです?」

 

なんの役に立つのだろう?その気持ちが生きる糧になるのだろうか?その気持ちがあるから人にやさしくできるのだろうか?だけども、そんな気持ちは日々薄れていく。だとしたら、また人の死に直面しなければ、その気持ちは維持できないのだろうか。

 

「人間が別の生き物のエサになりたくないってのはエゴですぜ。お墓なんてものも作らないで頂きたいものだ。せっかく地上まであと少しというところまできたのに墓石が邪魔して地上に出られないんですよ。全く迷惑な話だ」

 

「人間には感情というものがある。キミ達セミに人間のことは理解できないさ」と伝えると「全くだ」とセミは答えた。