ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

栗の渋皮煮 レシピではありません

生生栗

栗の時期だ。僕のうちには栗の木があって食べ頃になると勝手に落ちてくる。以前はもっと向こうに落ちていたんだけど、栗の木は生い茂る木々を縫うように成長したためか僕の部屋の真上くらいにまで茂るようになった。結果、栗は僕の部屋の前に落ちるようになった。ずいぶんと便利な世の中になったものだ。

 

仕事から帰り、部屋の前に落ちている栗を数個拾って、その皮を剥き栗ご飯にする。毎日毎日栗は落ちてくるものだから、毎日栗ご飯だ。

 

大量に栗が落ちていて時間があるときには渋皮煮をつくる。まずは栗の堅い部分の皮を包丁で剥く。渋皮を傷つけないように注意する。少しでも傷つけてしまうと煮たときに実がボロボロと煮崩れてしまう。傷ついた栗はとてもメンタルが弱いのだ。そうなった栗は渋皮煮にはせず、栗ご飯にする。

 

「渋皮煮って皮を剥くのが大変なのよね」

 

誰かがいった。でも、僕はこの皮を剥くという作業が好きだ。無心になれるから。ただ黙々と栗の皮を剥く。傷つかないように。丁寧に。余計なことなど考えず。焦らず。慌てず。

 

30個くらいを剥くのに小一時間。物足りないので窓の外を見やると、また栗が落ちている。5、6個拾ってまた皮を剥く。終わった頃にまた外でポトリと音がしたような気がした。気にしていてはきりがないので気がつかないふりをする。

 

渋皮

 

渋皮だけになった栗は、まず重曹で煮てアクをとる。鍋の中は瞬く間に小豆色に染まる。それを三回繰り返す。この作業も丁寧に。煮た栗が崩れないように。気を付けていてもどうしても数個は崩れてしまう。崩れた栗は取り出す。残念ながら君たちは渋皮煮にはなれないのさ。崩れた栗を頬張る。多少、重曹感はあるものの、まあ美味しい。せっかくなら君にも渋皮煮になってもらいたかった。

 

灰汁

 

あ、そうそう。一回目に煮た後に筋をとるのを忘れないように。このひと手間が大切だから。美味しいものをつくるっていうことは、ひと手間かけるってことだから。

 

重曹で三回煮たのちに今度は二回ほど水で煮て重曹を抜く。そして、砂糖をくわえる。栗1kgに対して砂糖は500gが標準みたい。500gの砂糖といえば結構な量。ドバドバと砂糖を入れてると妙な不安感に襲われる。だから僕は砂糖の量を2/3程度におさえる。デザート系のものを自分でつくると、いかに砂糖が多く入っているかを実感する。市販のケーキにはいかほどの砂糖が入っているのか。ジュースにはどれだけの砂糖が入っているのか。

 

さ渋皮煮

 

砂糖を足したらあとは煮込むだけ。だいたい20分くらい。その煮汁を少し味見をしてみる。

 

「甘っ」

 

砂糖控えめにしたのに激甘だ。でも、これは煮た直後のまだ温かい状態に限った話。冷蔵庫で冷ますと甘さは自然とおさえられる。栗自体にもそれほど甘さは染み込んでいない。あれだけ砂糖を入れたのに甘さが足りないだなんて。

 

渋皮煮

 

砂糖や塩を多く使うのは、長期保存するためだね。渋皮煮やジャムなどは大量につくっておいて毎日少しずついただく。漬け物や干物が塩っからいのも同様の理由だね。これは昔の人の生活の知恵なのだ。毎日少しずつであれば問題ない。今の生活は多すぎるから問題なのだ。