ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

いじめっ子といじめられっ子の関係

いじめ

「いじめっ子といじめられっ子の関係なんだな」

 

僕は自分の上司と他のチームの関係性をみてそう思ったときに、すごく納得できた。他のチームのことは仮に犬山くんと呼ぶことにする。僕の上司は犬山くんからどう理不尽にせめられようが決して反抗しない。部下である僕は「そんなのあり得ない」と反発する。

 

「だって犬山君がそういうんだから仕方がないじゃないか」

 

「悪いのは犬山君じゃない。悪いのは僕なんだ」

 

仕方がないってなんだ?なぜ悪くもない自分をせめるんだ?なぜ反抗しないんだ?

 

反抗しないんじゃない。できないんだ。

 

学校内にはカースト制度がある。ちょっと悪を気取ってておしゃれで最先端をいく上流階級。まあいたって普通の中流階級。引きこもりがちな下流階級。僕の上司は間違いなく下流に属する。そして犬山くんも間違いなく下流に属する。

 

下流階級の中にもカースト制度がある。犬山くんが上で上司が下。決して逆らえない。そこから抜け出すには別の誰かがいじめられるしかない。サンドバッグのように叩かれまくっても決して逆らうことのない上司は格好のターゲット。

 

同じチームにその上司とよく似た空気を醸し出すふたりの人間がいる。YさんAくん。ふたりともいじめられっ子の空気を持っている。なにかに怯えている感じ。ジトッとた目付きで人のことを観察する。こいつは敵か見方か。値踏みしている。相手の劣っているところを見つけ出しては「僕のほうが上だ」と勘違いを人のことを小バカにする。生意気だからいじめたくなる。

 

生意気なそいつはいつまでもこっちを見ているので「てめー、こっち見てんじゃねぇよ」と視線を合わせると、その視線をすーっとそらしていく。「僕はあなたのことなんてみていませんよ?」とでもいうように。道ですれ違っても気がついていないふりをする。ばれてるんだよ。その態度がむかつくんだよ。

 

僕は大人だからいじめたりはしない。その分、ストレスは溜まる。誰かがそいつらをいじめ出したとしても僕はそのいじめに荷担することはない。だけども、助けたりもしない。ざまあみろと傍観する。傍観者もいじめに荷担しているのと同じだという理屈はわかる。いじめられている人がいれば助けてあげないといけないという正義感もわかる。だけども気持ちはそんな簡単なものじゃない。傍観することでバランスがたもてる。自分の手を汚さず自分だけが穏やかにいる。もっともたちが悪いという自覚はある。

 

いったんいじめられる側になるとそこから抜け出すのは難しい。大人になればなおさらのこと。何十年たっても、いじめられっ子体質というのは変わらない。染み付いたものだから。染みは増えるばかり。

 

醸し出すどんよりとした空気感。生き方が下手なのだ。もっと楽に、もっと空気を読んで、もっといい加減になって、もっとどうでもよく生きたらいいのに。まあ、それができればお互いに苦労はしないよな。