ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

見知らぬ誰かに突然かかと落としをくらわされたら、僕はいったいどうするだろうか?

かかと

見知らぬ誰かに突然かかと落としをくらわされたら、僕はいったいどうするだろうか?

 

とりあえず眉間にシワがよる。できるだけそれから遠ざかる。その正体はなにかを見極める。得たいの知れないものであれば関わらないようにする。次の行動が予測できないものには近寄りたくない。

 

警察にも助けを求めないし、誰かに助けを求めることもない。それで終わりとする。そして、なかったことにする。だけどもふいに思い出してしまうのだろうと思う。あれはいったい何だったのだろうか?と。考えても答えなど出るはずがない。そのときの僕は答えなど知りたくもなかったのだから。なかったことにしたかったのだから。が、そうはいかない。なかったことになどできない。僕は僕を誤魔化すことなんてできない。

 

意識すればするほど、僕の記憶にとどまるかかと落とし。理不尽なできごとだったと思い返せば怒りがこみ上げてくる。込み上げてきた怒りをしずめようとする。あのとき、警察に助けを求めていたら、その得体の知れないものは逮捕されたのだろうか?ほんの少し交番で説教されたのち、また僕たちの世界をさ迷って、獲物を見つけてはかかと落としをくらわせているのだろうか?次のターゲットは誰なのだろうか?

 

そもそも警察はそれを相手にしただろうか。人間の形をした得体の知れないもの。なぜそれは人ではなくなったのだろうか?幼少期のトラウマか。親が育て方を間違えたか。誰かに「お前はかかと落としをするために生まれてきた人間だ」と洗脳されたか。その洗脳が解ける日がくるのだろうか?

 

そもそも僕以外のものは全て得体が知れない。なにを考えているのか?僕の知らないところで笑顔で僕のことを傷つけているのはあなたか。僕だって得体は知れない。洗脳されていたって気づきはしない。街中の広告によってモノを買わされているなんて思いもしない。大量の砂糖のせいで「甘いものは別腹」なんていいわけをさせられているなんて考えもしない。

 

今がしあわせならそれでいい。明日もしあわせならもっといい。十年後もしあわせなら最高だ。でも、いちばんいいのはそんなことに気づかない間に僕の人生が終わっていることだ。