ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

消えさって欲しいのはその悪意

紅葉

写真は僕んちの秋。きれいに舞っていたので写真に収めた。ツイッターに「ほれ、秋だぞ」って写真を載せようと思ったけど、せっかくだからブログの冒頭写真にしてみた。ツイッターだと流れていっちゃうしね。ブログだと残るしね。

 

残したい思い出もあれば、消え去って欲しい悪意もある。

 

悪意

他人を憎み、害を加えようとする気持ち。わるぎ。

 

悪意をもって他人を貶める行為は楽しい。相手を蹴落として自分が上にたった気分になれるから。さも自分が勝っているような気持ちになれるから。自分の位置なんて一ミリも変わりはしないのに。

 

人には超えてはいけない一線があると思っている。その線の引き方は人によって違うのだろうと思う。あるものはできるだけ自分側に線を引こうとするのだろうし、あるものは公平に真ん中で線を引こうとするだろう。僕は妥協できるギリギリのラインに線を引くようにしている。そのくらいの線の引き方でちょうどいいのだろうと思う。それとて相手なやとっては不満なラインのはず。

 

僕にだって絶対に超えられられたくない一線がある。それを超えてこようものなら徹底的に戦う。徹底的に戦うのはとても疲れるので、できるだけその状況を回避するように努める。「こっちにきてもいいことはないですよ?あっちの水のほうが甘いんじゃないですか?」と。

 

そんな考えだから、最近では人と深く付き合うことはなくなった。はじめましての人には「いいお天気ですねぇ」と無難な会話しかしない。付き合いが長いからといって、その人の懐を探るようなこともしない。付き合いが長いとついつい気を許してしまい、余計なことを言ったり、余計な詮索をしがちだ。付き合いが長いからこそ、たったひとことでその関係性が崩れてしまうことはよくある。

 

要するにコワイんだな。長年の信頼がひとときのあらぬ感情で崩れてしまうことが。

 

 「そんなこと聞いてどうするんだ?」と思うことがよくある。あなたになにか迷惑をかけたか?僕の世界とあなたの世界が違うだけじゃないか。お前にしっぽが生えてないのはおかしいなんて言われても、僕はそういうふうに生まれてきたんだからしかたがないじゃないか。僕の生を否定するのか?

 

放っておいてくれと願っても、そうさせてもらえない。「ほれみろ、やっぱり」とニヤリとして終わり。その悪意で僕が一生傷つくだなんて考えもしないんだろう?