ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

新作歌舞伎 あらしのよるに

あらしのよるに

今月十二月の歌舞伎座は初の三部制。昼夜二回の公演では公演時間が長すぎるため、今後は三部制の導入を積極的に行うみたい。第一部は新作歌舞伎「あらしのよるに」絵本が原作らしいが見たことはない。

 

オオカミのギロとヤギのメイの友情の物語。ギロに中村獅童。メイに尾上松也。オオカミとヤギは食うものと食われるものの関係。通常であれば決して友情など芽生えない。ふたりが出会ったのはあらしのよるの山小屋。あたりは猛吹雪で真っ暗。相手の顔など見えない。会話だけでふたりは意気投合する。お互いの姿など確認できぬまま「また会いたい」と翌日の再開を約束する。再開したふたりはお互いのその姿にビックリするが、友情は深まっていく。しかし、オオカミはお腹が空いて友達を食べたい気持ちをおさえるのに必死。最後には...。

 

まず、ふたりの出会いに考えさせられます。お互いの顔が見える場面で遭遇すれば、まず友達にはなれなかったでしょう。いかに先入観というものが邪魔なものか。僕は第一印象で人を判断します。初対面での相手の情報なんてそれしかないから。なんかやだなと思えば一線を引きます。相手がオオカミであれば、きっと一目散に逃げたはず。

 

オオカミにも個性があって、ギロは昔イジメられており、その痛みを知っているせいかとても人間のできたオオカミです。ヤギを食べたいという本能を必死に抑えている。メイもそんな友達を恐れながらも信じようとします。信じていいものか。信じるべき心は目には見えず。

 

そんなふたりの関係をまわりはよく思いません。オオカミなんかと友達になれるものか。お前の母さんはオオカミに食べられたんだぞと。食べたのはギロではなく他のオオカミなのに、ひとくくりにしオオカミは悪いやつという観念を植え付けようとするのです。しかし、それは仲間を思ってのこと。決して悪気があってのことではありません。だからこそ厄介で。自分の考えが正しいと思い込んでいる人間ほど面倒な存在はない。

 

僕は中村獅童の演技は苦手なんだけど、この「あらしのよるに」に限ってはとてもよかった。ちょっと戯けた喋り方をするのだけど、それも最後のひと場面のために用意されたようなもの。あのふざけた感が今回はとてもよく生かされていて、それが逆に悲しさを演出する演技になっていたように思う。人の弱さとか持って生まれたやさしさ、それが時には弱々しさにもなるんだけど、そういった内面がよく伝わってくる演技だった。

 

正直いって、あまり期待はしていませんでした。「どうせ獅童だしな」と思っていました。先入観を持つというのはいけませんね。