ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

酉年だからといってバタバタしない

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今日は2017年1月1日。元旦。この日のブログだけは下書きなどせずに元旦当日に書こうと決めていた。僕にとっての書き初めである。今朝はサイレンのけたたましい音で起こされた。やれやれ。まあ、サイレンを鳴らしている人も鳴らしたくて鳴らしているわけでもなかろう。その人自身もまた「やれやれ」と思っているかもしれない。あんたも大変だな。

 

年が開けたってなにがどうなるわけでもない。僕自身にはなにもなくても心が律するのが今日という日。僕は元旦だからといって特に今年の目標なんてものは立てない。元旦に立てた目標なんてすぐに忘れてしまうからさ。

 

目標というほどのことではないが最近気をつけていることはあって、それは「動作を遅くする」ということ。それだけで気持ちに余裕が生まれるのだ。僕は他人を押しのけてまで忙しい生活を送っているわけではない。だからせかせかと小走りなどしなくても大丈夫。一歩一歩を大きくゆったりと歩く。先を急ぐ人がいれば「お先にどうぞ」と譲る。そうすることで気持ちに余裕が生まれる。余裕は余裕を生んで、ますますゆったりとした気持ちで日々を送ることができる。

 

買い物袋を抱えて忙しそうに歩いている人。人目も気にせず、子どもを叱りながら歩いている人。こんな人たちを目にすると単純に「大変なんだなぁ」と思える。僕自身に余裕がないと「邪魔なんだよ、買い物袋が当たってるんだけど?」「子どもより親のあんたのほうがうるせえよ」なんて思ってしまうところだけど。僕にとっては「動作を遅くすること」=「気持ちに余裕が生まれる」ということになるのだ。

 

冒頭の写真はお年玉袋。今年は酉年だね。僕はここ数年、お年玉袋にこだわっている。以前であればスーパーのレジの横にあるなんとかレンジャーのポチ袋で適当に済ませていた。「外の袋よりも中身のお金だよな」なんて品のないことを考えたりしていた。だけども数年前に東急ハンズだかLoftだかのポチ袋コーナーを覗いた時に「粋なポチ袋」に出会った。

 

「ポチ袋にこだわってみるのも面白いかもな」 

 

それ以来、お気に入りのポチ袋を探すことが僕の年末の恒例になっている。また、それによって「来年は何年か」を知ることもできる。今年は酉年だということもポチ袋を買うまでは知らなかった。去年は申年だったことを覚えているのもポチ袋のおかげだ。単に子どもたちにお年玉をあげるというだけの行為ではなく、僕自身もなにかもらっているような気がする。大人になった楽しみ方もある。