ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

褒められるでもなく、怒られるでもなく

無難

「褒められるでもなく、怒られるわけでもなく、どいつもこいつもボンヤリと霧がかかったような状態なんだよなぁ」

 

ふとそんなことを思った。褒められるわけでもなく、怒られるわけでもなく。そうか、今の僕はそんなポジションにいるんだ。

 

僕は主任という位置にいる。ある年齢になると昇格試験を受け、それに合格すると主任になれるのだ。だからほぼ全ての人は四十代までには主任になる。一回で受かる人もいれば、十回受けるツワモノもいる。どうせいつかは合格しなきゃいけない試験だったら一発で合格したほうがよい。

 

主任になったらなにが変わるのか?たいして変わりはしない。そう思っていた。だが、待てよ。主任という肩書きがあるのとないとでは扱いが違うぞ。

 

「一応、主任なんだから失礼のないようにしよう」

 

「一応、主任なんだから無難に対応しておこう」

 

一応なのだ。名ばかり主任も大勢いるが、だからといってぞんざいに扱うわけにはいかない。上から目線で注意するわけにもいかない。年下の主任だろうが同じだ。むしろ若くして主任になった人たちは優秀なのだろうから雑に扱えない。

 

要するに怒られない立場なのだ。仕事はやって当たり前だから褒められることもない。褒められるでもなく、怒られるでもなく。僕という主任に対して、まわりの人たちは僕を無難に扱っているだけなのだ。

 

そんな状態だから、なにが正しくてなにが間違っているのかわからないときがある。提案したことに対して、話にのってくるわけでもなく、否定されるでもなく。ほぁんとした中で僕の提案は消えてしまうのだ。この場合は僕が間違っていたのだろうが、どこが間違いだったのかがわからない。0点で不合格だったのか、79点で不合格だったのか。あと何点で合格になるのか。

 

それを自分で考えるのが主任だといわれればそうかもしれない。でも合格ラインというのは人によって違う。同じ提案内容でも職場の風土や考え方によって不合格になる場合もある。それらを総合的に判断するのは難しい。

 

この傾向は上に行けば行くほど顕著になるのかもしれない。ピラミッドの頂点にいるものは誰にも怒られない。だから頂点にいるものが確信的に間違いを犯しても誰も物申せない。だけども世論にとってはそんなピラミッドなんて関係ないから間違いが発覚すればここぞとばかりに叩く。怒られない立場というのは実にこわい。

 

とは言え、実際に怒られてしまったら、僕は腹を立てて相手を殴り返すと思う。まあ、そんなもんさ。