ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

砂時計の逆回り

砂時計

砂時計を逆さまにしたらそこから三分間がはじまる。いや、それははじまりではなくて、三分間の終わりのはじまりで。そうやって人生は過ぎていくんだなって思う。

 

死に向う三分間。この間に僕がしていることといえば歯を磨くこと。

 

過ぎていく時間を考える。その間にも老いていく。砂がサラサラと落ちる間にも刻々と。刻々と。

 

こんなふうに時間が目に見えたらいいのに。実感できればもっと大切にできるのに。目に見えないと信じようともしない。

 

三分経過。

 

僕はもう砂時計をひっくり返さない。

 

老いていくことも悪くはなくて、それは抗ってもしかたのないことだから。みなが受け入れてきたことだし、これから先も誰しも受け入れざるを得ないことだから。

 

これから先の楽しみ。健康でいましょうね。しあわせでいましょうね。

 

しあわせを願って彼は毎日手を合わせる。それでも足りないと念仏を唱える。それでもしあわせにならないと神を妬む。しあわせになれないのなら僕が神になればいい。

 

そうして彼は幸せになった。

 

僕はしあわせだ。だからこのしあわせを皆とわかちあうべきだ。「どうだ、君もしあわせにならないか?」と彼はいった。

 

しあわせになるためにはまずお金が必要だという。

 

それでしあわせになったのは彼自身だった。僕はなにもかもを吸いとられ、しあわせだったはずの日々から遠ざかった。

 

しあわせというのは欲張っちゃいけないと気がついたときにはもう遅かった。

 

取り戻せない日々。

 

ねぇ、どうしたらいいの?別の神にたよるしかないの?僕自身が神になったらいいの?

 

砂時計をひっくり返しても時間は逆戻りしない。ひっくり返して何度もひっくり返して、もはや過ぎた時間なのか、過ぎゆく時間なのかさえもわからない。

 

ずいぶんと老けてきたなぁと思うんだ。その現実にがっかりするんだ。僕だけじゃないだろう?みんなそうだろう?

 

どうしたって逆らえないものはあって。もがくほどに傷になって。生傷は絶えなくて。でも、朝起きると僕のカラダにはどこにも傷なんてないんだ。

 

背中の傷は自分じゃみえない。だけどもジクジクと痛い。