ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

大きなものに支配されないために手に入れたアイテム

脚立

ずっと欲しいと思っていたものがあった。三脚だ。庭の手入れをするための脚立。でも、よくよく調べてみると僕が欲しいのはどうやら三脚らしい。

 

脚立

二つのハシゴを両側から合わせ、上に板を載せた形の踏み台

 

三脚

三本のあし。写真機や望遠鏡などを支え安定させるための、伸縮自在の三本の支持脚

 

脚立は脚が四本あって両側がハシゴになっているもの。三脚は脚が三本で伸縮自在のもの。そんな違いがあるらしい。

 

脚が四本あるとそれが邪魔になって、庭木の近くに立てられない。庭木の内側を剪定するのが困難になる。また、四本脚のほうが安定性が悪い。僕が欲しい三脚は自分の身長より高いものだから安定性は重要だ。高いところの作業をしたいので、高ければ高いほどいいのだが、問題は僕が高所恐怖症だということ。高すぎるとこわくて作業どころではなくなる。

 

「三メートルもあればじゅうぶんか」

 

最長三メートルなので脚の伸縮次第ではもっと低くなる。上の板に乗るわけでもないので実質ニメートル半くらいだと思う。まあ、これくらいなら大丈夫だろう。それでもこわい気がするけど。

 

そんな高いところに登ってなにをするのか。高いところの枝を切るのである。僕の家のまわりには大きな木が多い。広葉樹は冬になってもその葉を落とさないので、日当たりが悪くなるのだ。ちょうど朝日があたるその時間の方向にその木々はある。

 

「邪魔なやつらは切り落としてしまえ」

 

そう思っているのだが僕には手が届かない。それを手助けしてくれるのが三メートルの三脚。木は上手に切ってあげれば死にはしない。放置しておくと逆に山などは荒れていく。我が我がといわんばかりに太陽光を求めて木々たちは成長していく。そして下にいるものの光を遮る。光を浴びることができないものたちは生命力を失う。大きなものに支配されるということはこういうことだ。

 

下々のものにも光が届くように。富は平等に。僕にあたえられた役割はまさに神。

 

本当は庭師だけどな。