ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

蕎麦のお汁を飲み干すか

蕎麦

僕は蕎麦が好きだ。ランチに蕎麦を選択することはよくある。品川駅構内にある立ち食い蕎麦は席さえ空いていれば座って食べることができる。そこでよく注文するのは厚さ十センチはあろうかというかき揚げがのった蕎麦。どこから攻めていけばいいのだか一瞬迷うが、昼時の立ち食い蕎麦屋は戦場。悩んでいる暇などない。さっさと食べて回転率をあげないとお店に悪い。

 

かき揚げ蕎麦は好きなのだが、最近の僕は油ものに弱く、厚さ十センチものかき揚げを食べれば、その数分後には気持ちが悪くなってくる。「あぁ、やっぱりかき揚げなんて食べるんじゃなかった」と後悔するも、そんな気持ちはすぐに忘れ去ってしまうのが僕のいいところ。後日には「蕎麦にはやっぱりかき揚げさ」と意気揚々とそれを注文し、その数分後には気持ち悪さアゲイン。そんなことを繰り返している。

 

僕は鴨南蕎麦も好きだ。蕎麦に鴨。その組み合わせを考えた人は偉いと思う。粋だと思う。だけども、鴨南蕎麦というやつはお高くとまっていやがるようで、どこの店でも大抵高い。普通盛りのザルが650円くらいだとすれば、鴨南蕎麦は1200円くらい。鴨が入っているというだけで倍くらいの値段がするのだ。そんなに鴨ってやつは高級品なのか?猟師が鉄砲持ってそれを打っていた時代にはもっとお手軽なものだったのかもしれない。いや、鴨を鉄砲で仕留めるなんて至難の業だな。

 

そんなこんなで多少高くとも僕はそれが好きなので気持ちに余裕があるときは鴨南蕎麦を注文する。先日訪れた博多座のそばの蕎麦屋にも鴨南蕎麦はあった。しかも850円と安かったので多少迷いはしたがそれを注文した。が、出てきたそれは僕の想像していたものとは違った。これ、ホントに鴨か?他のお店でよく見る鴨は薄切りスライスされたもの。ほんのり鴨色。このお味で出てきたのはぶつ切りされたもの。これが850円の理由か。それが鴨であったかどうかは横に置いといて、まあ普通に美味しかった。おつゆも美味しかったのだが、僕はそれを飲み干すことはしない。どう考えても塩分取りすぎになるしね。「ごちそうさま」と席を立ちコートを着る僕。すぐさま器を片付けにくるお店のおばちゃん。

 

「お下げしてよろしいですか?お汁残っているけどいいの?」

 

いいのと言われてもなぁ。店を出る支度をしている最中に器持ってお汁を飲み干すのもおかしいだろ。お汁がお店の自慢だったのかもしれない。「こんなに美味しいお汁を残しちゃって、そんなもったいないことしていいの?」とおばちゃんはいいたかったのかもしれない。確かに美味しかったよ。全部飲み干したかった。だけどもそれは僕の生き方に反するのだ。ごめんね、もったいないことしちゃって。でも健康第一だから許して。