ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

シャケバイで暮らすという生き方

鮭

シャケバイはいわゆる季節労働の類。鮭アルバイトを略してシャケバイというらしい。過去にNHKの72時間というドキュメンタリー番組でその働き方をみたことがある。秋サケがとれる九月、十月は繁盛期で人手が足りなくなる。その時期限定でアルバイトを募集するのだ。ドキュメンタリーを見た限りでは、肉体的にとても過酷な労働だが、その反面、気ままな自由さがあるように見える。

 

普通のサラリーマンにはならねぇってタイプの人が多いのだろうか。その生活にはネクタイもスーツも必要ない。定時もない。満員電車に乗ることもない。シャケとともにこの季節になるとこの港に帰ってきて働く人もいるという。カバンひとつでの生活。

 

朝方、船は港に帰ってくる。それを合図に皆で工場に出向きシャケの加工作業を開始する。血まみれになりながら、返り血も気にせず、ひらすらシャケの加工をする。イクラを取る。ベルトコンベアーで運ばれてくるシャケをひたすらさばく。単純作業であるがゆえに大変だろうし、共同作業であるがゆえにそのリズムを乱さないようにと皆必至だ。

 

漁の結果が思わしくないこともある。そんな時は午前中に仕事を終えて、あとは自由時間となる。その分、収入は減ってしまうのだろうか?自由を得るとその分、収入は減る。自由な生き方を好むる人たちには、わずかな収入減などそれほど重要なことではないのだろう。うらやましいと思う反面、僕にはリスクの大きすぎる生き方だ。

 

三カ月働いては、三カ月旅に出るという彼ら。そんな不安定な生き方に不安はないのだろうか?見えない将来に不安がないなんてことはないはず。きっと考え方が違うだけだ。考えても仕方がない。そんな先のことを考えるなら、今を楽しく生きようと。

 

明日はどうなってるかなんて誰にもわからない。だけども、ある程度の予想はできる。明日も今日と同じ。振り返ってみると昨日も同じだった。そんなことの繰り返し。それを安定と感じるか、不安と感じるか。同じ毎日がやってくることの不安。そんな安定した毎日なんて不安でたまらない。そんな安定の日々なんて求めちゃいない。金なんて貯めても仕方がない。通帳の数字が増えていくことになんの意味があるのだ。それをなにかに変えなければ意味などない。モノにかえるか、経験にかえるか。それは人それぞれ。ゼロになったらまた増やせばいい。方法なんていくらでもある。

 

僕は自由というものほど大変なものはないと思う。明日からなにもしなくていいと言われたらどうする。なにをするかを全て自分で決めなくちゃいけない。自由なんてすぐにでも手に入れられるけど、それを僕は望まない。なにかに依存して誰かのせいにしている生き方のほうが余程楽だ。

 

シャケバイの話に戻す。募集内容はだいたいこんな感じらしい。

 

  • 勤務時間: 8月中旬~10月末(短期の方はご遠慮下さい)
  • 職  種: 水産加工処理(シャケ、イクラ、マスなど)
  • 勤務時間: AM7:00~PM5:00(場合により残業あり)
  • 賃  金: 自給800~1,200円
  • 宿  舎: 大部屋の為、男性限定
  • 保  険: 労働保険制度あり
  • そ の 他:  主に力仕事の為、50歳までの男性に限る
  • 食事つき、温泉あり

 

ひと月25万円くらいだろうか。食事と住む場所は提供されるようだ。だとすればアルバイト期間の生活費は実質ゼロ。丸まるシャケバイ後の生活に使えるというわけだ。手取り額としてはまあまあだろう。

 

カバンひとつで北の地に向かい、シャケバイをする。自分の中のミニマリズムを刺激される生き方だが、生ぬるい生活を送っている僕にとっては過酷過ぎる生き方だ。