ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

野菜を漂白剤で洗うのは悪いことか?

野菜

有吉佐和子の「複合汚染」という小説を読んでいる。感想についてはまた後日。人間が作り出した化学物質がどれだけ環境や人体に悪いものかが書かれている。僕はわりとそういうことには興味があって、それは僕のブログを過去から読んで頂いている方なら、なんとなくわかっていただけると思う。特に食に関すること。できるだけ「おかしなもの」は口にしたくない。

 

 

昼食は会社で弁当を頼んでいる。決して美味しいとはいえないが他に選択肢は少ないので仕方がない。弁当には気持ち程度に生野菜が添えられていることが多い。この生野菜がいつまで経ってもシャキシャキで色褪せないのだが、今日のそれは特にひどかった。冒頭の写真がそれ。

 

この葉っぱは揚げ物と揚げ物の間に挟まれていたのだが、全く萎れてしないのだ。ひとつの色あせもない。プラスチックのような質感はまるで商品サンプルのよう。その横に添えられていたキャベツの千切りも同様。色あせのひとつもない。これは普通の状態ではない。「複合汚染」を読んでいる最中の僕は、この新鮮(を装っている)野菜を口にすることができなかった。

 

弁当に入れる野菜というのは鮮度が落ちないように「野菜用の漂白剤」に浸けられるらしい。漂白剤の正体は次亜塩素酸ナトリウム。これは認可されている食品添加物で安全性は保証されているらしい。どこが保証しているか。国だ。小説の中で我が国は多くの間違いを犯してきたことを知った。信用できないのが国だった。それはきっと今も同じ。僕たちの老後を国が保証してくれるなんて考えてはいけない。次亜塩素酸ナトリウムは人体に影響がないように薄めているから大丈夫。それらの添加物が複合されても本当に安全だといえるのか?

 

野菜を漂白することは野菜を添加物まみれにすることだ。だからといって、それが100%悪いというわけでもない。それを行わないことによってノロウィルスにかかる方が余程のリスクだ。自宅で調理すれば安全で外食がダメともいえない。売られているカット野菜もサラダバーの野菜も同じように漂白剤に浸けられている。だからそれを食べても野菜の味なんてしないでしょう?

 

それらを食べてもすぐに具合が悪くなるわけではない。だが積極的にとるものでもない。そんなものをあえて食べる必要はない。自分の責任で食材を選び、調理をし、食べる。その手間を惜しんでカット野菜を購入するということはどういうことか。毎日の食事の支度なんてね、慣れればなんてことはない。こういうことを考えるのは大事なことだと僕は思う。