ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

長期休暇の分散の話

夏休み

夏休みが分散されそうだという。例えば八月最終日の一週間を秋の適当な時期に移動して休みを分散するというのだ。そもそも夏休みは暑くて勉強にならないからとその時期を集中して休みとしているのではなかったか。だから比較的涼しい地域は夏休みが短く冬休みが長いのではなかったか。今の学校はクーラーの普及が進んでいるからそんなことは関係ないのだろうか。

 

それにしても学校にクーラーがあるだなんてうらやましい。僕の世代からすれば夢のようだ。まあ、昔の夏と今の夏を比べると、今の夏はまともじゃないからクーラーがないと体調を崩す子もいるかもしれないね。尋常じゃない夏の暑さは切実だ。

 

一方、冬はといえば最低限の暖房器具はあった。まあるいストーブ。入れないように金網で囲ってあった。給食がパンのときにはストーブの上でそれを焼いてくれた。さすがに毎回、全員のパンは焼けないから班ごとに順番だった。ちょっとつく焦げ目。トローリと溶けるマーガリン。最高に美味しかった。

 

小学生の頃の僕は一年中、半袖半パンで過ごしていた。靴下も履いていなかった。よく寒くなかったと大人になった僕は感心する。今よりももっと細くてヒョロヒョロだった僕。見ている方が寒かっただろうと思う。なぜ、そんな寒々しい格好で冬の時期を過ごしていたか。その理由はただひとつ。「すごいね」と先生が褒めてくれたから。単純な子どもだった。

 

ところで長期休暇の分散の話。僕は賛成でも反対でもない。正直よくわからない。大人になった僕に「40日間の休みを与えましょう」といわれると戸惑うと思う。そんなに休んでなにをすればいいのだと。大人になるとなにをするにも金がかかる。子どもの頃のように庭を駆け回っているだけで楽しいとか海で一日中遊ぶのが楽しいとか、そんな無邪気な過ごし方はできなくなった。子どもというのは、そこにボールひとつあれば勝手に新しい遊びを考える。畳の目に沿ってボールを転がしていくだけで楽しそうなのだ。子どもがやっているその遊びは確かに見ていて楽しい。だけども、僕がひとりでそれを実践しても虚しい。

 

そんな状況だから、大人の僕は休みを分散してくれたほうが嬉しいのだが、子どもだった頃の僕はきっと40日の夏休みを欲しがるだろう。そんな長期休暇を楽しめるのは子どもの頃だけだから、大人の都合でそれを奪ってしまうのはどうかとも思う。