ミニマム コラム

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有吉佐和子「悪女について」の感想

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最近、有吉佐和子の小説をよく読む。といっても今日読み終えたばかりの「悪女について」が三冊目。以前には「複合汚染」と「恍惚の人」を読んだ。

 

 

本書が書かれたのが1978年。40年近く前の本だ。「複合汚染」「恍惚の人」を読んだときも感じたのだが、全く古さを感じさせない。すごいと思う。そして、なにも変わっていないのだと思う。なにがといわれてもよくわからないのだが、人間の根本?考え方?社会の問題?そんなことだろうか。

 

本書は富小路公子というひとりの女性について27人の関係者の話を元に構成されている。公子はある日突然死ぬ。彼女はどうして死んだのか?彼女は悪女なのか?雑誌へのインタビューという形で関係者はそれぞれの立場で公子について語っている。

 

僕は公子という女性を悪女だとは全く思わなかった。若いときから努力を重ね、成功してきた人。時代の先を読む目を持っていた人。人のことを悪くいわない。しかし、したたかな女性。そんな印象だった。

 

運だけで成しあがったのではないはず。男に身を任せて生きてきたわけでもない。悪事に手を染めていたわけでもない。男女の駆け引きはあったのだろう。惚れやすいタイプだったのかもしれない。それを恋多き女性というか。悪女というか。同じことをしても男性なら許されるが、女性は許されない。必要以上にバッシングをくらう。これが変わっていないのは近年のワイドショーをみてもわかることだと思う。

 

公子は宝石屋も営んでいた。これについてはどうなのだろう。彼女はニセモノの宝石を売って利益を得ていたのであろうか?それを匂わせる場面が何度か登場するのだが、本書の最後の場面から想像する限り、それはあり得ないように思う。なによりも美を大切にする彼女だったのだから。

 

お金儲けは悪いことか。これについての考え方も今日までなにも変わっていない。なぜだかお金儲けは悪いことだという風潮がある。これは完全に僻みだと僕は思っている。努力をして得たお金であるのだから、他人がとやかくいう必要はない。お金を儲ける手段は皆平等にある。それに気づき、努力するかしないか。ただそれだけのことだ。ライブドア事件なんか、本書をリアルに演じた現実。

 

人の見方というのは多様だ。公子を悪女だという人もいれば、あんなにいい人はいないという人もいる。要するに人の意見はあてにならないってことか。テレビでコメンテーターが「もし仮に彼が犯人であるとするならば」といっただけで、その人を犯人扱いしてはならない。「次の選挙では、なんとか党が勝利するでしょう」という意見を鵜呑みにし、なにも考えずに投票してはいけない。

 

きちんと自分で考え、自分で判断する。自分が正しいと確信したならば、それをつらぬく。もし間違いに気がついたときは、それを認め己を正す。右へならえという風潮が寄り強くなっているように思う今日このごろ。それってなんだか危険だよね。