ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

野田版「桜の森の満開の下」の感想

歌舞伎

舞台をみるにあたり事前に本を読んだ。 「贋作・桜の森の満開の下」がんさくと書いてにせさくと読む。あえて偽物とあるのだから本物もある。坂口安吾の短編小説がそうらしい。満開の桜の木の下ではおそろしいことが起きる。そう想像させたのは、桜があまりにも美しいからか。

 

野田版歌舞伎の四作目。一作目の「野田版 研辰の討たれ」は十八代目勘三郎の襲名披露狂言としても上演された。 

 

ヒダの王の元に集められた三人の男はいずれも訳ありの身。三人には三年の期限を与え、夜長姫と早寝姫を守るための仏像をつくらせる。その仏像が完成したとき...。

 

これは歌舞伎だろうか。新作歌舞伎を上演すると必ずといっていいほど問われる疑問。僕は大抵の新作歌舞伎を「歌舞伎」だと感じてきたが、本作に関しては違うように思った。歌舞伎役者が野田秀樹の演出で演じた舞台。そう感じた。セリフ回しはまるで野田秀樹の舞台。歌舞伎はいっさい感じられない。歌舞伎の決まりごとを取り入れているわけでもなし。とってつけたような歌舞伎の演出はある。それは現代劇の中で歌舞伎の真似をしたかのよう。少し前に観た野田MAP「足跡姫」のようなのだ。七之助が演じた夜長姫は宮沢りえでも違和感ないだろうし、耳男は妻夫木聡でも違和感ない気がする。

 

 

 

だからといってつまらないわけではなく、名作といわれるほどに素晴らしかった。ただ「偽作」を書いたのが数十年前でネタがずいぶんと古臭い。今の時代に通じるネタに変えればよかったのに。それにしてもセリフの数の多いこと。よくあれだけのセリフを覚えて、スラスラと言葉にできるものだと関心した。 最後の場面の美しさ。桜の森の満開の下。

 

歌舞伎にしては珍しくカーテンコールがあります。僕が観た日はさっさと帰るお客さんが多くて、あっけなくカーテンコールが終わっちゃったけど。感動の気持ちは拍手で伝えましょう。