ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

高ければいいというものではないが、ではなにを基準に選べばいいのだ

桃

桃が美味しくなかったという話。病気療養中だった僕は「こんなときくらい美味いもん食ったれ」と思い、いつもよりワンランク上の食べ物をいくつか買った。その中のひとつがこの桃だ。

 

桃は一玉298円のものと498円のものがあった。いずれもニ玉買えば少しだけお得になるようだったが、そんなに日持ちするものでもないので一玉だけを買うことにした。

 

いつもであれば298円のそれを買う。それでも高いと思う。498円のそれは大きさも立派だし、色もいい。いかにも完熟していて美味しそう。

 

「値段が高いのだから、そのぶん美味しいに決まっているさ」と勝手に思い込んでいたのだが、そうではなかった。むしろ美味しくなかった。

 

色はいいが甘さが全くない。桃の香りはするが、口にするとなにを食べているのだかわからない。桃なのにスジがあって気持ち悪い。食感はシャキシャキしているでもなくとろけるようでもなく。

 

食感は僕にとっては大事な要素のひとつ。リンゴであればシャキシャキ感はとても大事。カスっとした食感のリンゴだとそれだけで一日中気が滅入る。

 

里芋はその逆。ニュルっとした食感でなければいけない。たまにシャキシャキでスジのある里芋に出会うことがあるが、僕はそれがたまらなくキライで誰も見ていなければ、そっと吐き出す。

 

有吉佐和子の「複合汚染」にあった一節を思い出す。 

 

「形がよくて、色がよくて、大きくて安いリンゴがほしいと言われるんですよ。どうして味がよくて、栄養があって、安全なリンゴがほしいと言ってくれないんでしょうねぇ」

 

形、色、大きさとも申し分なかった桃。だけども全然美味しくなかった。僕は見た目に高いお金を払ってしまったようだ。値段が高ければ美味しいに決まっていると思い込んだのは僕の勝手。だけども、ではなにを基準に選べばいいのだ。見た目がよくて値段が高ければ美味しいと考えても仕方がないじゃないか。